財前くんと受験勉強する話

 部活を引退してから、高校の近くのファーストフードで、受験勉強してから帰るのが日課。今日もいつも通り、1階のカウンターで注文をして、2階のお気に入りの席で赤本とノートを広げる。ちなみに今日は英語だ。第一志望の大学の二次試験の過去問を解いていたら、あっという間に時間は過ぎていく。予め設定していたスマホのタイマーのバイブがブルブルと鳴って、問題を解きはじめてから60分経ったことを知らせる。
 ――うわ。全然解き終わらへん。ちょっとヤバいかも。
 そんなことを思いながらふと顔を上げると、目の前によく知った顔の男の子が、ちょうどトレーに乗ったドリンクとフードを運びながら、こちらを見ていた。

「随分集中して解いてたんやな」
「ざ、財前くん?!」
「1分くらい前からずっとここで見ててんけど」
「?!」

 同じクラスの財前くんは、いつもの不遜な笑みをたたえている。1分も見られてたん?!全然気づかなかった。

「声かけてくれればええのに」
「集中しとるみたいやったし、声かけられへんやろ」
「……確かに、それもそうやんな」

 財前くんは、私の向かいの席に、さもそれが当然かのようにトレーを置いて座った。他にも空いてる席いっぱいあるのに。そして、問題を解き終わって一旦閉じられた赤本の表紙を一瞥して言う。

「――そこ受けるん?」
「うん。受かるかどうかわからへんけど」
「俺も同じとこ受ける予定」
「えっ、そうなん?!」

 好きな人の志望校を、私は知らなかった。そう、私はこの財前光という男の子に片思いをしている。高3の文系クラス、ある程度志望校が似通っているメンバーが同じクラスに寄せ集められているのは知っていたが、まさか同じ大学だったとは。
 財前くんも向かいの席でバッグから取り出したのは、同じ赤本だった。所々付箋が立っていて、少し表紙がくたびれたそれは、財前くんも本気でその大学を狙って受験勉強していることが見て取れた。

「きっと財前くんなら余裕で受かるやろ」
「英語はええねんけど。古典苦手やし」
「私逆やわ。古典はなんとかなりそうやけど、英語さっぱりわからへん……」
「へえ。ほな、俺ら一緒に勉強すればええんちゃう」

 ふぇっ?!と思わず変な声が出た。確かに、同じ大学を目指して、お互いの苦手科目が相手の得意科目なのであれば、効率的だ。ただ、好きな人にそんなことを言われて動揺しないでいられるほど、私は恋愛に慣れていない。

「何やねんその声。嫌やったらええけど」
「いやいや!」
「ハイハイ、嫌やねんな」
「その“嫌”ちゃう……!」

 私が言わんとしていることをわかっているくせに、この人は。でもこうして財前くんに揶揄われる時間が、実は好きだ。財前くんは、本当に興味がない人間にはこんなことしないって知っているから。

「で。今解いとった英語は何がわからへんかったん」
「それ以前に、時間内に長文読み終われへんかった」
「遅っそ」
「!!?」

 長文読解が遅いのは自己認識済みだ。でも改めて財前くんにそう言われると凹んだ。

「まさか頭っから真面目に読んでるんとちゃうやろな?」
「え、普通そうやろ?」
「アホ。こういうんは設問から読むんや。んで、問題に関係あらへんところは読み飛ばす」

 そのまま、財前くんは真面目に英語を教えてくれて、財前くんにコツを聞いたり、わからない問題の文法を聞いたりしていたら、だいぶ頭がクリアになった。財前くん、勉強教えるの意外と上手いんやな。あ、でもテニス部の部長してた経験もあるらしいし、後輩指導で培われてきたんやろか。それにしても、向かいの席同士に座って同じ赤本や参考書を見ていると、自然と顔と顔の距離が近くなる。財前くん、めっちゃ綺麗な顔しとるなぁ。睫毛も長い。思わずまじまじと観察してしまった。

「――集中してへんやろ」
「えっ、そんなこと……」
「……」

 そんなことあります、すみません。財前くんにジト目で見つめられ、思わず心の中で懺悔する。

「同じ大学、お互い行くんやろ」
「うん……」

 同じ大学に行ったら、大学でも財前くんと同じ講義を受けたり、こうして一緒に勉強したりできるのかな。そんな未来が来たらいいな。その未来を現実にしたい。そう思ったら、勉強のやる気が一気にわいてきた。シャープペンを持ち直して、ふぅ、とため息をつく。
 そんな私を財前くんがとっても優しい目で見つめていてくれていたことに、机の上の赤本とノートに視線を落としていた私は、気づかなかった。

Fin.
2021.11.21