視線の先に僕はいない

 この男は友人としては最高に面白い。音楽の趣味も食べ物の好みも合うし、世の中に対する価値観も似ている――ただし、恋愛に対する価値観を除く。放課後のマック、電話から戻ってきた千石は、テーブルを挟んで向かいの席に着く。

「……っと、待たせてごめん!」
「電話、『ケイちゃん』から?」
「いや、ケイとは3日前に別れたんだ。今の電話はレナから」
「『レナちゃん』って初耳なんだけど」
「あれ、言ってなかったっけ。レナは俺の今の彼女だよ」

 そう軽く言ってのける千石清純という男に脱力する。中学時代から女の子大好きとは公言しているものの、高校に入ってからの彼はさらに女の子のとっかえひっかえがはげしくなった。長くて1か月、短いときは1週間。そんなスパンで彼の隣に立つ女の子はくるくると変わっていく。そんなことをしていて何が楽しいのか私にはよくわからないけど。

「――まあ、一途な麻衣チャンにはわからないだろうなあ。片想い、これで何年目だっけ?」
「!」
「あーあー赤くなっちゃって。南のヤツもうらやましいもんだなーこんなに想われてさ」
「ば、ばか千石!!そんなおっきい声で言わないでよ!!」
「俺には麻衣の声のほうが大きく聞こえるけど?」
「うっ……それは認める」

 そう口ごもると千石はにっと笑った。その笑顔に腹が立つ。中1の頃から高2の現在まで続く南への片想いは自分の胸の中だけに留めておく予定だったというのに、勘のいい彼にだけはばれてしまっている。
 どうせばれるんだったら、南本人にばれたほうがよかった。千石は南がいないすきに何かとこのネタで私をいじってくる。その相手をするのは面倒くさいし、それに何より、南への想いを何度も思い出させるのはやめてほしい。
 私の片想いは決して甘美なものではなかった。中3の夏、南に彼女ができた。その彼女は私の友達でもある。2人の仲睦まじい姿を見かけるたびに、胸の奥がきゅうと締め付けられるような感じがする。だからといって南を嫌いになれるわけでもない。そんな宙ぶらりんな私の気持ちが、千石にいじられるたびに揺れるのだ。

「……私が千石の気持ちをわからないように、千石にもきっとわからないと思うよ、私の気持ち」
「どうして?」
「だって千石はこんな不毛な片想いしたことないでしょ」

 そう言うと、千石のへらへらしていた表情が一瞬真顔に変わった。あれ、私何か気に障るようなこと言ったっけ?――動揺して瞬きをする。再び目を開けたとき、目の前にはへらへらした顔の千石がいた。なんだ、気のせいか。

「確かに日ごろの俺の行動を見てたらそう思われても仕方ないとは思うね」
「え、」
「俺もしたことあるよ。不毛な片想い。しかも現在進行形」
「え、じゃあレナちゃんとはまだつきあってないってこと?」
「レナとはつきあってるよ。ただ片想いの相手はレナじゃない」
「ええ!?ますますわけわかんないんだけど……! じゃあ千石はレナちゃんとつきあっていながらも、レナちゃん以外の女の子に片想いしてるっていうこと?」
「おっ、するどい。ご名答!」
「えぇ……レナちゃんかわいそうじゃんそれ……」
「レナだって俺のことは本気じゃないからね。お互い遊びだってわりきってるしその時が楽しければいいじゃん?」

 ――だからその感覚が私にはわからないんだってば。という言葉を飲み込み口をつぐむと、千石は「まあ、麻衣には一生わからない感覚だろうなー」と笑う。なんだ、わかってるんじゃない。

「……その片想いの子とつきあいたいとか、思わないの?」
「そりゃあ思うさ。毎日のように妄想するよ」
「なのに、レナちゃんとつきあうの?」
「だから言ったろ?俺も不毛な片想いなんだって。相手には別に好きな人がいるからね」
「……そっか」

 それ以上深追いするのは千石の心をえぐってしまうような気がして、やめておいた。ふと、沈黙が訪れる。その沈黙を誤魔化すように目の前のコーラのストローを吸ってみると、いつの間にか中の氷が解けて、薄い味がする。その間、千石が私のことを何か言いたげな目で見ていることに、南のことしか見えていない私は全く気付かなかった。

to be continued…