第7話 準決勝敗退

 その晩は、人生でいちばんたくさんため息をついたかもしれない。立海が強いのは十二分に知っている。でも。

「……白石くん、今頃、どうしてるんだろ」

 お風呂上り、携帯を握りしめながら、ごろごろベッドの上を転がる。励ますのがいいのか、それともそっとしておくのがいいのか。何度かLINEで文章を打ってみたものの、何を書いて良いかわからなくて、そのまま全消去、ということをもう3回くらい繰り返した。いっそ電話がいいのかな。もはや何もしないほうがいいのかな。でも何か伝えたい。そんな考えがぐるぐると頭の中をめぐっている。

 結局、準決勝で四天宝寺は立海に惜敗した。四天宝寺が西の雄というのは、中学硬式テニス界に身を置く者にとっては常識で1年生の時から私もそれを知っていた。しかしそれ以上に私達にとって身近だったのは立海大附属であって、彼らの強さは昨年も今年も目の前で見せつけられてきた。その立海と四天宝寺の試合――青学のマネージャーとしては来年に向けてとても参考になる試合だった。しかし、私個人としては正直冷静には見ていられなかった。スコアをとる私の隣で、ノートに何かを書きこみながら乾が言う。

「――支倉は、個人的には四天宝寺を応援しているのかい?」
「え、」

 そんなデータまで取ってたの?!
 という内心の問いに答えるように、乾は「見ていればわかるよ」とだけつぶやいた。

 もういい、やっぱりLINEにしよう。
 投げやりにそう決めて、私はもう一度携帯の画面に向き直る。本当に伝えたい言葉だけを並べると、それは非常にシンプルな文章になった。そのまま、深呼吸をして覚悟を決めて、送信のボタンを押した。

 優勝したいという気持ちはもちろんあったし、悔しいという思いももちろんある。しかし、この夏が最後の先輩方とは違い、俺にはまだあと1年の猶予が残されている。
 同期達は、しめっぽい雰囲気をわざと吹き飛ばすように部屋で騒いでいる。決勝戦は明後日だった。明後日に向けて明日は一日中練習の予定ではあったが、決勝を目前に敗退してしまった今となっては、明日はただのオフになってしまった。それをいいことに、明日はどこを観光しに行くかという話し合いが盛り上がっていて、どうやら行き先はお台場に決まりそうだ。
 そんなとき、俺の携帯が震えた。LINEの通知だった。そしてそのシンプルな文章を見た瞬間、衝動的に立ちあがった。

「あら、蔵リン、どこ行くん?」
「ちょぉ用事思い出してな」

 部屋を出て、静かで落ち着いたところを探す。そして、もう一度彼女からのLINEを確認する。内容はたったの二文、そして申し訳程度にシンプルな絵文字がくっついているだけだった。

 今日はお疲れさまでした。
 ゆっくり休んでね^^

 文章の短さに逆に思いやりを感じる。きっと結構考えて結局この内容にしたんやろな。そう思うと思わず笑みがこぼれた。彼女とは先日の関東大会とこの全国大会でしか会ったことはないが、その性格は把握しつつある。
 ふと、声が聞きたい、と思った。
 そのまま、俺の指は通話ボタンをタップしていた。

「――もしもし?」

「えっ、し、らいしくん!?」
『驚きすぎやって。直接話したかってん』

 まさか電話で返事がくるとは思わなかった。電話越しの白石くんの声はいつも通りで、少しほっとする。そのまま会話は続く。

「──そっか、決勝終わったら大阪帰るんだね。東京は観光できた?」
『全く。けど明日がオフになってん。せやから――』

 何かを言いかけていた白石くんは突然無言になる。

「……白石くん、どうしたの?」
『いいこと思いついた。支倉さん、明日午後空いとるか?』
「あ、うん」
『デートせえへん?』
「デート?うん、いいよ……ってデート?!」

 思わずそう聞き返すと、電話の向こうの白石くんは「期待を裏切らへん反応やな」と笑っていた。そのまま白石くんのペースに乗せられて、電話を切ったころには、私の手元には待ち合わせのメモがあった。