第6話 2年目・夏

 この7月で忍足さんがうちの支店に異動してきて丸1年だ。四半期に1回の地区ブロック別表彰の4〜6月の表彰に忍足さんが選ばれたようで、その日の朝礼で忍足さんは支店長から何やら賞状と楯を渡されていた。法人営業の詳しいことはわからないけど、難しいけれども大きな融資案件を無事実行した忍足さんの業績が評価されたらしい。
 ──やっぱり忍足さん、すごいなぁ。
 元々仕事ができるのは知っていたけど、今や名実ともに渉外課のエースだ。それに比べて私はといったら。

「……まだぜんっぜん足りない」

 業後、自分の上期営業目標と今日までの実績を照らし合わせて、思わずため息が出た。2年目になったので、もう一人前のローテラーとして営業目標が貼られているのだ。6月末までに到達すべき目標の50%は少なくとも達成していなければいけないのに、今日までの実績は達成率45%。完全に出遅れている。

「支倉さん、どうしたんですか?」
「あっ、ううん、何でもないよ。ごめんね」

 今年の新入社員の女の子が私に話しかける。今年はこの子のOJT担当にもなった。後輩に情けない姿は見せられないなぁ。それにしても、どうしたら残りの数字を積み上げられるだろう。
 噂によれば、忍足さんは毎期目標の100%は必ず達成しているらしい。朝は表彰もされていたし、相談してみようかなぁ。

 というわけでその日、いつものように融資課長が支店の戸締りをして解散した後、忍足さんに話しかけてみようと試みたが、忍足さんは白石さんと仲良くお話し中だった。うーん、今日は諦めるしかないかな……。そう思っていたら、どうやら白石さんが私の視線に気づいたようだ。

「謙也、支倉さんが何か話したそうやで」
「ん?支倉、どないした?」
「あ、いや、大した話では……」
「せや、俺今日は早よ帰らなあかんかったわ。ほな、また明日」

 わざとらしく白石さんはそう言うと、忍足さんのそばから離れて颯爽と駅に向かって歩いていってしまった。なんか白石さんに気遣わせちゃったな。

「……なるほど」
「?」
「白石が気ぃ遣って早よ帰った理由がわかったわ。自分ほんまわかりやすいな?『悩んでます』って顔に書いてんで。どないした?また遠距離か?」
「ち、違いますよ!今度は仕事の話です!」

 勢い余ってそう言ってしまった。それを聞いた忍足さんは、しゃーないな、またあの店行くか、とため息混じりに呟いて、以前遠距離の彼氏と別れた次の日に連れていってくれたお店の方に歩き始めた。

「なるほどなぁ。営業の数字で悩むなんて一人前になったやん」

 ビールを飲みながら、忍足さんは言う。

「せやけど、『数字を達成する』がゴールになりすぎてるんとちゃうか?そんなんやったらお客様は誰もついてこぉへんで」
「? どういうことですか?」
「俺らの仕事のゴール、意義って何やと思う?」
「ゴール……意義……」

 そう言われて、少し考える。

「……お客様のお役に立つこと、でしょうか」
「そうや。お客様に喜ばれてナンボや。まぁ銀行に限らずどんな商売も同じやと思うけどな。俺らは銀行の商品、俺やったら融資・ローンやし、支倉やったら投資商品やんな。銀行員としてそういうソリューションを提供して、お客様の課題解決して喜んでもらう。そこが一番大事や。キレイゴトに聞こえるかもしれへんけど、これが真実やねん。──数字ばかり追っててお客様のお役に立つっちゅう目的忘れてへんか?」

 言われてみて、は、と気づく。確かに、最近お客様に相対するたびに「この人にはどんな商品を提案したら契約してくれるだろう?」「この人は預金額が少ないから数字にならないな」とか無意識に考えてしまっていたかもしれない。

「──ほんとですね、自分で自分を恥ずかしく思います……」
「そんな落ち込まんでええで。数字だけ追っかけてるヤツなんて上司にも同期にも後輩にもナンボでもおるし。俺自身も昔はそういう時期あったしな。せやけど、初任店のとき、尊敬する上司におんなじこと言われてん。そこから目的履き違えんようになって、結果的に数字もついてくるようになった」
「今日、表彰されてましたもんね。やっぱり忍足さんはすごいです」
「いや、今日の表彰は俺だけの力ちゃうで。支店長で決裁できる金額やあらへんかったから、本部決裁通るように稟議整えてくれたんは白石やし。次長も課長もめっちゃ動いてくれてん。みんなのおかげや」

 忍足さんの言葉を聞いていると、お客様のお役に立とうという気持ちとか、周りへの感謝とか、普段忘れがちな大切なことを改めて意識させられる。そして、多くの行員が忘れがちなその大切なことを常に意識している彼だからこそ、今の結果を作り出しているのだと、腑に落ちた。

「……なんか今日の忍足さんカッコいいですね」
「な、いきなり何やねんアホ。調子狂うやん」

 お酒を飲んでいて元々少し赤い顔をしていた忍足さんの顔が、心なしかさらに赤くなったような気がした。

to be continued…