週末が明けて、中学校生活最後の週がはじまった。今週の金曜日には、卒業式がある。
私達3年生はいつの間にか卒業生なんて呼ばれるようになって、最近は1日の授業時間のほとんどが卒業式練習にあてがわれていた。したがって、実際隣の席といっても、仁王くんと隣どうしで過ごす時間は、朝と帰りのホームルームくらいしかなかった。ゆえに、言葉もそんなに交わさない。
だから、きっとみんな、全く気づいていない。
土曜日、私と仁王くんが、デートをしたこと。
*
中学校生活の最後を飾るイベントである卒業式。しかし、立海の生徒のほとんどは同じ敷地内の高校に進学するから、号泣するような生徒は少ない。私も例にもれず、式の間はあくびをかみ殺すことだけに集中していた。それよりも、お楽しみは卒業式の後のクラス打ち上げだ。もちろんアルコールはなしだけど、みんなで焼肉を食べに行って、そのあとはカラオケを予約してあるらしい。
「わ、麻衣、あれ見て見て!」
「ん?……って、わ、やっぱりすごいねー丸井くんと仁王くんは」
うちのクラスのテニス部2人は、卒業式が終わって解放されるなり、後輩の女の子たちに囲まれていた。そのうち、仁王くんは積極的な女の子に腕を引っ張られて、仕方ない、というようなオーラを纏いながら教室を去っていく。丸井くんはといえば、女の子たちに囲まれることより、その女の子たちからお菓子をもらうことに喜びを感じているみたいだった。さすが丸井くんだ、と心の中で呟く。
そんなことがあったせいで、集合時間に少し遅れて、丸井くんと仁王くんはお店に姿を現した。奥に座っている私達のテーブルとはいちばん遠い、出入口に近いテーブルに2人は座っている。だから、接点はほとんどなかった。なのに。
ポケットの携帯が震える。みんなの楽しそうな空気を壊さないように、こっそり、携帯をチェックする。この間の土曜日に連絡先を交換したのをすっかり忘れていた。
『お前さん、カラオケには行くんか』
口調だけで、誰からの連絡かわかってしまう。
『行くつもりだよ』
素直にそう返信を送る。そして仁王くんを見る。仁王くんは遠くのテーブルで携帯を少しいじったあと、私のほうを見た。いちばん遠い席なのに、目が合ったのが、わかった。
*
カラオケの途中で、トイレに行くために、部屋からそっと抜け出した。そして、彼に呼び止められたのは、そのトイレからの帰り道のことだった。
「支倉」
「え、仁王くん?!なんで女子トイレの前に……!え、セクハラ?!」
「……心外じゃのう。お前さんと話すためにこっちは待っちょったのに」
仁王くんはわざとらしく傷ついたような声を出す。全然傷ついてなんかいないくせに。こっちもわざと眉間にしわをよせて頬をふくらませると、仁王くんは「プッ、不細工な顔じゃのう」というなんとも失礼な言葉を口にしつつ、また喉の奥で笑っていた。
「で、話って……」
「マサハル」
「? マサハル?」
「また、会いに行こうかと思っての」
「ああ!なるほど!え、いつ?」
「明日」
「明日?!」
「か、あさって。無理ならええき」
「いや、たぶん大丈夫だけど……急だなって思って」
そう仁王くんの顔を見上げると、廊下の壁に寄りかかった仁王くんは、面倒くさそうなため息をついた。
「テニス。来週の月曜から高校の練習に参加することになった」
「へえ……じゃあ仁王くん、春休み忙しいんだね」
「ああ。じゃけぇ、明日かあさってしか時間が取れん」
「そんな、無理してマサハルに会わなくてもいいよ?」
「いや。会う」
そう意地を張るようにきっぱりと言う仁王くんがなんだかちょっとかわいく見えて、思わず笑ってしまった。マサハルは仁王くんのことをとても気に入っているようだけど、そんなにうちのマサハルのこと、仁王くんも気に入ってくれたのだろうか。
「わかった。お母さんに相談してみる。たぶんあさってになると思うけど、また今夜家帰ったらメールするね?」
「ああ、頼む」
「それじゃ、そろそろみんなのいる部屋戻ろっか」
そう言って、私が歩きはじめると、なぜか呆れ顔の仁王くんに手首をぱしっと掴まれる。
「お前さん、方向音痴じゃのう。俺らの部屋、真逆」
「え、そうだっけ? うわ、恥ずかし…!」
「ほら。行くぜよ」
仁王くんはさっきまで私が進もうとしていたのとは180度反対方向に私の手首を軽くひっぱった。そのまま手首は解放されたけれど、なんとなく仁王くんに触れられたところだけ、熱を持ってしまっているような気がした。