支店の休憩室で、遅めの昼休憩を取っていた。今日は私の担当するローカウンターが混んでいて、お昼を食べられるのが14時半になってしまった。こんな時間に休憩を取るメンバーは普通はおらず、休憩室は貸切状態──となる予定だったのに。
お弁当を食べているとふいに休憩室のドアが開いた。中に入ってきたのは忍足さんだった。
「あれ、支倉、こんな時間に休憩か?」
「はい。今日、ローが混んでて……」
「確かになぁ、冬のボーナスシーズンやからな。まとまったお金入ると資産運用とか興味出そうやもんな」
「忍足さんも今から休憩ですか?」
「おん。何や今日はアポが午前中に固まってもうてな──せや、支倉、甘いモン好きやろ?」
「はい、好きですけど」
「ほな、これ、支倉が食べや」
忍足さんがプレゼントしてくれたのは、とらやのどら焼きだった。
「えっ、とらやのどら焼き?!」
「お客さん先で出されたお菓子やねんけどな。手つけへんかったら、社長の奥さんが『忍足くん持って帰んなさい』言うて持たしてくれたんや」
「……忍足さんが食べなくていいんですか?」
「俺より支倉のほうが甘いモン好きそうやし、それにこないな時間になるまで休憩取れへんくらい頑張っとったんやろ。甘いもん食べて元気出しや」
そう言って忍足さんは笑う。この忍足さんの弾けるような笑顔は、見ているこっちまで元気になる。忍足さんのプライベートはあまり知らないけれど、忍足さんに彼女さんがいるとしたら(きっといるだろう)、忍足さんのこういう笑顔や優しいところに惹かれたんだろうな〜なんて、ふと思った。
「あ、せや、今度うちの支店の若手飲みしよかーって話あんねんけど、支倉も来るか?」
「そうなんですね!ぜひ!」
「よっしゃ、ほな今週の金曜空けときや。4年目以下しか声かけてへんから、当日も酒注いだりとかそんな気遣わんでええで」
忍足さんはコンビニ弁当を食べながらそう言った。私より来たのが遅いはずなのに、すごいスピードでお弁当が空になっていって、気づいたら忍足さんはごはんを食べ終えていた。
「……食べるの速くないですか?」
「浪速のスピードスターやからな」
「ふふ、なんですかそれ」
「飲み会ん時にでも教えたるわ。ほな、俺、仕事戻るな。支倉はゆっくり休みや」
*
そして、飲み会の日である。渉外課からは忍足さんと3年目の先輩、融資課からは2年目の先輩と私の同期、営業課からは私のOJT担当の3年目の先輩と私が参加した。男性4人・女性2人の計6人での飲み会は、支店の近くでやると上司に見つかりそうなので、場所を変えて支店に一番近いターミナル駅で行うことになった。
若者だけが集まると、盛り上がるのはやっぱり恋愛の話だ。
「支倉さんって彼氏いるんだっけ?」
「あ、はい、一応……」
融資課の先輩に聞かれてそう答える。実は、私には彼氏がいた。学生時代から付き合っている同い年の彼は、違う会社で働いているが、彼の配属が福岡になり、遠距離恋愛になってしまった。それからというもの、お互い仕事が忙しいのもあってあまり会っておらず、なんだか自然消滅しそうだな、と思っている。
「一応って何やねん、一応って」
「いや、就職してから遠距離になっちゃって、自然消滅かなーって感じでして……」
まさか、忍足さんからつっこまれるとは思わなかった。素直にそう答えると、忍足さんはふとため息をついた。
「──まぁ、遠距離は色々大変よな。わかるわ」
「えっ、忍足さんも遠距離中なんですか?」
「支倉さん知らねぇの?謙也さんの彼女、心斎橋支店の4年目のテラーなんだぜ」
「いや、知らなかったです!行内でしたか!」
そうだったんだ。忍足さんの恋愛事情なんて初めて知った。
「アイツは地域職やし、大阪離れたない言うねん。せやけど俺は総合職やし、全国転勤は当然やろ。未来が見えへんっちゅー話や……」
「そこ難しいっすよね。俺の彼女も東京から離れたくないとか言ってくるし。俺も次4年目で、今首都圏だから、次は絶対地方に異動じゃないすか、別れるしかねぇのかなあ」
だいぶお酒が回ってきた渉外課の2人の頭上には、どよんとした空気が漂っていた。
私も含め、遠距離ってやっぱり難しいのかな。
そして、そんな恋愛の話で盛り上がりすぎたせいか、結局「浪速のスピードスター」というものが何なのかについては、聞きそびれてしまった。
to be continued…