第3話 恋なんてしなくても人は死なない

「──実は3ヶ月前に突然彼氏に振られてもうて。あ、でも、今はもう大丈夫やで。気にせんといて」

 なるべく軽い明るい声と笑顔で伝えたつもりだ。財前くんはそんな私を見て黙っている。まだ回復しきれていないのを見抜かれているようだ。

「……全然『大丈夫』な顔してへんやん」

 財前くんのその言葉がきっかけで、蓋をしていたはずの悲しい感情が、出てきてしまう。
 元彼とは、大学に入ってすぐに同じ教養の授業を取っていたことで出会って、付き合い始めてから2年半近く経っていた。2年半も付き合えば、なんとなく大学を卒業した後の将来も考える。大学を卒業して数年経ったら、きっと彼と結婚し家庭を持つのだと、うっすらとそんな未来を描いていた。
 なのに、突然、一方的にこの恋は終わってしまったのだ。確かにつきあって3年目となると、私たちの関係は落ち着いていて、昔みたいなドキドキきゅんきゅんみたいなものは減ってきていた。でも私は、紆余曲折を経て、お互いに空気のように隣にいることが当たり前の関係になれたことが嬉しかった。でもきっと彼は違った。

「……他に好きな子ができたんやって」

「2年半付き合っとって。私は『きっとこの人と結婚するんやろな』って思ってた。でも彼は、もう私にはどきどきせえへんって、」

「彼、今、その好きな子──研究室の同期の子と付き合うてるらしい。人づてに聞いただけやけど」

 財前くんは何も言わずに私の話を聞いてくれている。

「……ごめんなぁ財前くん、久しぶりに再会したっちゅうのにこんな暗い話聞かせてしもて。そや、財前くんの明るい話聞きたいわ。きっと可愛い彼女とラブラブなんやろ?そういう幸せな話聞いて、ちょっとでも次の恋愛に前向きになれたらなぁ思うねん」

 そう問うてみると、目の前の財前くんはコーヒーを飲みながら言う。

「それは無理やわ」
「え」
「今、彼女おらんし。それにおったとしてもそんな惚気るようなキャラちゃうしな」

 た、確かに……言われてみればそうだ。財前くんがニコニコしながら彼女の惚気話をしている姿は想像し難い。

「ま、無理して別に次の恋愛なんてせんでもええんちゃうの。別に恋愛しないと死ぬわけでもないやん。好きなことして好きなモン食べて普通に生活して、そん中で好きやなって思うヤツが出てきたらそんとき恋愛すればええだけちゃう」

 財前くんらしいそんな言葉に、心が軽くなる。しばらく恋はいいや、と思ってしまっていた。そんな私をまるっと肯定してくれるようで、久しぶりに心から笑顔になれそうだ。

「ま、カフェ巡りやったら付き合うで」
「え、ほんま?!hikさんとカフェ巡りさせてもろてええの?2万人のフォロワーさん抜け駆けごめんやで」
「そろそろ俺のことhik言うのやめや……」
「せやかて。hikさんのファンやったんやもん」

 それに、中学生の時は、財前くんのファンでもあった。初恋の人だったということは、さすがに伏せておく。

「ほな、今度hi──やなかった、財前くん厳選のおすすめのカフェ行きたい」
「おん。日程とか場所はまたDMするわ。ほな俺そろそろ戻らなかんから」
「あ、うん。財前くん、今日は色々ありがとう」

 財前くんはそんな私の言葉に頷き席を立つと、「ほな」とだけ言って、そのままお会計をしてお店を出て行った。

 改めてインスタのhikさんのアカウントを開いてみる。これ、全部財前くんの投稿やったんやな。そう思うと見え方が変わって、気づいたらかなり過去の投稿まで遡って読んでしまっていた。
 ──そろそろ私もお店を出ないと、4限に間に合わへん。
 テーブルの上にある伝票を取ろうとしたときに、ふと気がついた。あれ?伝票がない。まさか。レジの店員さんに話しかける。

「あの、すみません…!」
「どうされましたか?」
「窓際のテーブルでコーヒーとオペラを注文したんですけど伝票がなくなってしまって」
「ああ、そのお会計でしたらすでにお済みですよ」

 や、やっぱり!
 財前くん、私の分も払っていってくれたんや。

 あとでDMでお礼言わなあかんなぁ。あと、次のカフェ巡りの時は私が財前くんの分もお金出そう。そう決意して、カフェを後にした。

2021.10.9