仁王くんに連れ出されるがまま着いていくと、結局みなとみらいに着いてしまった。
「あの……仁王くん、それで、結局これからどこに行くの?お買いもの?」
「お前さん、腹は減ってるか?」
「え、」
そりゃお昼時だし減ってはいるけれど、もしかしてここで「うん」なんて言ったら仁王くんとふたりでランチすることにでもなるのかもしれない。と思ったらなんとなく緊張してすぐには肯定できなかった。なのに、私のおなかは、仁王くんのその問いに応えるように、ぐうううう、という音を立てる。慌てて両手でおなかを押さえてみてももう遅い。その音は完全に仁王くんの耳にも届いていたようで、仁王くんはいつものように喉の奥で笑う。
「おそろしく正直な腹じゃのう」
「……聞かなかったことにしてもらえませんか」
「無理」
即答……!そんな私の心の中のツッコミは聞こえるはずもなく、仁王くんは、まあついてきんしゃい、と歩きだす。そんな仁王くんの真後ろをついて歩いていると、突然仁王くんに手首をわしづかみにされて、そのまま引っ張られてしまった。思わず前につんのめって転びそうになる。
「びっくりした!仁王くん、いきなり何?!」
「後ろ歩かれると顔が見えん。それにはぐれても気づきにくい。話しにくい」
そんなことを言って、そのまま仁王くんはあたかも当然のごとく私の手を握ったから、今度は一気に心臓が揺れ動いた。何。これってどういうこと。通り過ぎたビルのガラスのドアには、仁王くんと隣どうしで手をつないで歩いている私の姿が写っている。しかも、この指の絡め具合は、いわゆる恋人繋ぎという繋ぎ方だ。遠目から見たら絶対私達はカップルにしか見えない。イマドキの女子中学生や女子高生は友達の男の子と手を繋いだくらいでこんなに動揺なんかしないのかもしれないけれど、あいにく私はそんなそんな恋愛経験なんてなかったし、何より、この隣にいる人はそこらへんの男子ではない。あの、しょっちゅうあの校舎裏の木の下で告白されてばかりの仁王くんなのだ。それでも、別に手を繋がれたことは嫌ではないから、振り払うこともできない。思わず仁王くんを見上げる。
「あの……仁王くん……この状態はいったい……」
「まあ、デートじゃろうな」
――ちょ、この人、普通に『デート』って言ったよ!
「なんで私と仁王くんがデート……?」
「嫌か?」
「いやそういう意味じゃなくて……!でも、え、何で?」
「プピーナ」
「またそういう変な言葉発する……!」
「こっまいことは気にしたらいかんぜよ」
そのまま仁王くんは私の手を軽く引っ張って、どこかへ導いていく。いったい仁王くんはどういうつもりなのだろう。仁王くんとみなとみらい。絵に描いたようなデート。そんな事実になんだかどきどきしている自分がいるのが怖い。きっと、これは仁王くんの気まぐれだ。きっと、意識したら負けなのだ。
*
「ええと、今日は、どうもありがとうございました……結局ランチ、おごってもらっちゃったし、なんか私が仁王くんについてきたはずなのに、最後のほうは私の買い物に仁王くんがつきあってくれたみたいになっちゃったし、挙句の果てにこんなとこまで送ってもらっちゃって……」
「お礼を言うのは俺のほうじゃ。誘ったのは俺じゃけえのう」
「いやいや」
結局仁王くんにはお昼をおごってもらってしまった。しかもいつも私が友達と行くようなファーストフードなんかじゃなくて、もっとちゃんとした、カジュアルなレストランで。
仁王くんは大人っぽく見えるからいいけれど、こんなお店に、もうすぐ高校生になるとはいえ15歳の私は不相応なんじゃないかなんて思ってしまうほどだった。そんな私の心の内に気づいたのか、全然浮いとらんから安心しんしゃい、と呟いてくれた仁王くんは、普段は何を考えているかよくわからない謎な人だけど、こういうさりげないフォローもできる人らしい。
そのあとは特にすることがなくて、なんとなくウィンドウショッピングをしていた。私のお気に入りの雑貨屋さんでは仁王くんを散々つきあわせてしまったけれど、仁王くんは変な小物を発見してはそれをいじっていて、意外と楽しんでいた。そんな仁王くんを見るのもなんだか新鮮だったけれど、頭の中には常に疑問符が浮かんでいた。
――ほんと、どうして、私はただのクラスメイトの仁王くんとこんなデートまがいなことをしているのだろう。
お互いまあまあ仲が良くて、という前提があるならまだ理解はできるのだけれど、あいにく仁王くんと隣の席になってマサハルの話をするまで、仁王くんと私にはまるで接点がなかったのだ。
仁王くんは家の近くの公園まで私を送ってくれて、その時、今日1日で繋いでいるのが自然になってしまった手が解かれた。仁王くんは、さっきまで繋いでいたその手を私の頭にぽんと軽く乗せる。
「じゃ、また月曜日。気ぃつけて帰りんしゃい」
そんな短い台詞が頭の上から落ちてきて、私は慌てて顔を上げる。
「あ、あの、仁王くん」
「ん、何じゃ」
「またマサハルに会いにきてくれるかな……?」
気づけばそんなことを口走っている自分に自分がびっくりした。慌てて、マサハル、仁王くんのことすごく好きみたいだから、なんて付け足すと、仁王くんは少し笑って「いいとも」と冗談を言う。
じゃあまた、と家の方向に向かって歩きはじめると、不思議と左手がすうすうする。さっきまで仁王くんの右手と繋がれていた私の左手は、どこか名残惜しそうにその感覚を受け止めていた。
――今日のデートは、仁王くんの気まぐれなのに。
それなのに。
――私って、ほんと、単純すぎ。
今日一日で、私の中の仁王雅治という存在が大きくなりつつあることは、否定できなかった。