第2話 hik

 2限が終わった後、どこのカフェに行こうかな、と大学の講義棟のベンチに座りながらインスタグラムを眺めていた。

 中学生の時は自分でお菓子を作ることにハマっていたけれど、高校生になってからはカフェで美味しいスイーツを食べることが好きになり、そのまま大学生になった今も、カフェ巡りが好きだった。自分のインスタのアカウントでもよくカフェの投稿をしていたし、逆にカフェに特化したアカウントをたくさんフォローしていた。そんな中で、2年くらい前に繋がったのがhikさんだ。

 インスタで偶然見つけたhikさんは、いつもシンプルでオシャレな写真とセンスある文章で大阪を中心に関西のカフェの投稿をしている人だった。その頃はまだ彼女のフォロワーも少なかったせいか、私がこっそりhikさんをフォローすると、すぐにhikさんもフォロー返しをしてくれて、お互いの投稿にコメントし合うようになったり、たまにDMでおすすめのカフェなどを教えあったりするようになった。

 そのうち彼女のアカウントはフォロワーがどんどん増えていって、今や2万人を超えている。そんな中でも、彼女は、たまに初期のファンである私がコメントを残したりDMをすると、きちんと返信をくれた。

 ──そういえば彼氏と別れてから、hikさんの投稿も全然追えてへんかったなぁ。

 せっかくなら、hikさんが投稿しているカフェのうち、大学からわりと近くで行けるカフェがあれば、そこに行こう。hikさんの投稿するカフェはどこもセンスが良くて、私のストライクゾーンに入るお店ばかりだから、間違いない。

 美味しいコーヒー、そして甘すぎない上品なケーキ。hikさんのインスタに載っていたカフェに来てみてよかった。それに内装もオシャレやし、と店内を見渡していると、隣のテーブルにいる男性が視界に入った。
 ──何やめっちゃイケメンオーラ出とるなぁ。
 別に面食いというわけでもないけれど気になってしまったのは、その人が、今朝の夢に出てきた財前くんにどことなく、いや、かなり似ているからだ。ぼーっとその人を見つめていると、ふと目が合ってしまった。
 思わず目を逸らしてしまった私に対し、なんと、イケメンの方が私に話しかけてくる。

「なぁ、もしかして支倉ちゃう?」
「え、」
「……財前やけど。覚えてへんの」

 ええええええええええ!!!!!
 まさかの本人?!
 本当は叫び出したい気持ちでいっぱいだったが、カフェという場所を考えて、なんとか踏みとどまる。

「いや、覚えてないことないで?!財前くんによく似た人やな思って見てたけど、まさかほんまに本人とは思わへんやん?!」
「….…その感じ、中学ん時とそのままやな」

 財前くんは呆れたように笑う。中学を卒業して以来、財前くんには会っていなかった。クッキーを渡すのが精一杯だった私がまさか財前くんに『好き』と伝えられるはずもなく、淡い恋心は胸に秘めたまま、中学を卒業した。高校は別々だったから、その後財前くんがどこの大学に進学したのかも全然知らない。

「今何してるん」
「大学の3回生。財前くんは?」
「俺も」
「そうなんや」

 財前くんが、私の座っていた2人がけテーブル席の空いている方の椅子に移ってくる形で、私たちはそのまま近況報告をしあった。

「でも財前くん、一人でカフェなんて来るんやね」
「まぁな。支倉は、このカフェ結構来るん?」
「ううん、はじめてやで。好きなインスタグラマーさんがおってな、その人の投稿見て、来てみてん」
「……へえ。そのインスタグラマーってhikってヤツちゃう?」
「え、何で知ってるん?」

 財前くんもhikさん好きなんかな。ふとそんなことを思ったが、財前くんの口から出てきた言葉は衝撃的だった。

「それ、俺やし」
「え?!嘘やん」
「証拠」

 財前くんはバッグからミラーレス一眼カメラを取り出すと、そのカメラを操作して今まで撮影した写真を次々と見せてくれた。確かにそれはhikさんのインスタで見ていた写真と同じお店、同じ被写体、同じアングルだった。

「……hikさん、勝手にずっと女性や思ってた」
「別に女のフリしてたつもりは全くないねんけど」
「なぁ財前くん、私、hikさんとDMとかしたことあんねんけど」
「は」

 今度は財前くんが驚く番だった。

「俺がDM返信するとか、だいぶ昔のフォロワーやん」
「うん、2年前からフォローしとるし、そのときhikさんもフォロー返ししてくれてん」
「え、…ちょ、支倉のアカウント教えてや」

 私がアカウントを伝えると、財前くんは心底驚いた顔をしていた。確かにカフェアカウントは本名とは全然違う名前でやっていたから、私だと気づく要素はなかっただろう。

「俺、そのアカウントの投稿結構好きで、今でもマメに見ててん」
「えっ、見ててくれてたん?!」
「ああ。せやけど、ここ3〜4ヶ月何も更新ないから心配しとったとこやったわ。カフェ飽きてもうたんかな、とか思っとったけど、今、支倉がここにおるっちゅうことはカフェに飽きたわけやなさそうやな」

 ──そうだった。彼氏と別れてから、自分のインスタを更新するのもすっかり忘れていた。そもそもカフェ自体行けていなかったし。
 
「……俺、今めっちゃ地雷踏んだな」

 言葉に詰まった私を見て、財前くんは、少し困ったような、申し訳なさそうな顔をした。

2021.10.8