第2話 彼女の恋を応援する約束、守れそうにない

 麻衣が、「うちな、好きな人できてん」とほのかに頬を染めて俺に報告してきたのは、俺の予想とは大きく外れて、年明け、しかも今度はミスドやマクドではなく、めずらしく、モスでのことだった。

「――で、今度は、誰やねん」
「……筒井くん、て言うねんけど…あ、テニス部やったら、白石くんと同じクラスやで!」
「あー悪い。顔も出てこぉへん。つか、自分、どこで知り合ってん」
「それがな、向こうからやで? 向こうから終業式の日に話しかけられてLINE聞かれてん。で、今は毎日LINEしてる」
「はぁ?マジなん、それ?!」
「うん。マジ」

 ――向こうから?!
 今までの麻衣の恋は、麻衣が男のほうを好きになるパターンしかなかったが、これは新しい。

「それにしても、相変わらず立ち直り早すぎやんな。この前のミスドから1か月くらいしか経ってへんで」
「確かに謙也の言う通りやと思うけど、好きになってもうたもんはしゃあないやんか……」
「まぁ、せやな…」
「筒井くんな、めっちゃええ人やねん。しかもイケメンやし……うちな、いっぱい恋してきたけどいつも失恋してばっかりで……せやけど、今回は上手くいきそうな予感すんねん。いつも謙也に頼ってばっかりやったけど、今回はちゃんと自分の力でがんばろ思ってる。せやから、見守っててな?」

 めずらしく真面目な顔つきでそんなことを言う麻衣に、胸が疼いた。そないなこと言われて、応援せえへんわけにはいかんやろ。いつものように自分の気持ちを押し殺して、麻衣のしあわせを願う。麻衣をしあわせにできるのは俺ではなく、筒井なのだ。

「はは、今さら何真面目な顔して言うてんねん」
「もう!茶化さんといて」
「俺は筒井っちゅー奴のことはよう知らんけど、ええ奴なんやろ。気張りや」

 そう背中を押してやると、麻衣は嬉しそうに笑う。
 相変わらず疼く胸に、言い聞かせる。
 ――俺は間違うてへん。 俺が好きなんは、やっぱりこの笑顔の麻衣やねんから。

「ありがとう、謙也。やっぱり謙也はええ奴やね」
「今更気づいたんか?浪速のスピードスターが悪い奴なわけないやろ」
「まだ言うてるん、その“浪速のスピードスター”っちゅうやつ」
「ええやん別に!」
「あはは。謙也も好きな人できたら教えてな?うちにできることあったら何でもするで」

 ここで、もし、俺が好きなんはお前や、なんて言うたらどないな反応すんねやろ。
 ふと、そんなタブーが頭をよぎったが、心底邪気のない笑顔を向ける麻衣に向かって、笑い返す以外の選択肢は俺にはなかった。

「…あかんわ、謙也」
「は?」
「筒井は良い噂聞かんで。あいつめっちゃ遊んでるみたいやし」

 いくら麻衣の恋を応援すると決めたとはいえ、その筒井という奴がどんな奴かくらいは知っておく必要がある。麻衣が筒井は白石と同じクラスだと言っていたから、部活が終わった後に白石に筒井について尋ねてみた。その結果がコレだ。

「遊んどる、て、具体的に?」
「結構前には、四股かけとったっちゅう噂あったで。あと、これは完全嘘や思うけど、隠し子おるとか」
「はぁ?!二股やなくてか?しかも三通り越して四て…!しかも子供?!」
「はは。筒井イケメンやしなぁ。ちょっと優しくされたらすぐ女の子もアイツに惚れるんちゃう?」
「……何やお前が言うと腹立つわ、白石」
「悪いけど俺は純愛派やねん。理想は韓流や」
「イケメンは否定せえへんのかいな…!」

 何やコイツ、めっちゃ調子乗ってんねんけど…!
 白石はそんな俺を無視して、話元に戻すで、と冷静に言う。

「で、支倉さんの件や。……めっちゃ言いにくいねんけど、たぶん、身体目当てやと思う」
「……マジでか。嘘やろ」
「今までの筒井の彼女に似たタイプやもん、支倉さん。前に俺んクラスに支倉さんが来とったときに、筒井、仲間内で品定めしとったし」
「品定めて…何て?」
「あー……最大限上品な表現に直すと『明らかに経験なさそうやねんけど、かわいいしスタイルもよさそうでええな』とか言うとったわ」
「ええで、そない上品に直さんでも。たぶん『明らかに処女っぽいくせに、顔もどっかのAV女優に似とるし胸もまぁまぁデカイし、一発ヤッてみたいわ』とかそんなんやろ」
「わかってるやん」
「……つか、マジでそないなこと言いよったんか、筒井」
「残念ながら、な」
「……あかん、麻衣、アイツに完全に恋してんねんけど」
「手遅れになる前に阻止できるのは自分だけなんちゃう、謙也」

 ふと顔を上げると、1cmだけ高い位置から白石が真剣な表情で俺を見ていた。そない見つめんなやキモイわ、などと冗談を言えるような状況ではない。

「好きなんやろ、支倉さんのこと。 好きな子ぉくらい自分で守りや」

 白石のその言葉が、ずしん、と俺の中にものすごい存在感とともに落ちてきた。
 ――白石の言う通りや。麻衣を筒井から守れるんは、俺しかおらん。むしろ、そんな奴俺以外におったらあかんねん。