忍足さんの運転する車の助手席に乗ると、なんだか忍足さんの彼女になったような気分だ──忍足さんは、私のことをたぶん手のかかる後輩くらいにしか思っていないのだろうけど。支店内の恋愛は基本的にご法度で、バレたらどちらかが違う支店に異動させられてしまう。だから、私が彼に片想いしているくらいがちょうどいいのかもしれない。
忍足さんはいつの間にかレンタカーに自分のETCカードを挿入しており、そのまま車は高速道路へ入った。
「え、どこ行くんですか?」
「海方面?」
「いや、ざっくりしすぎでしょ!」
「お、ええツッコミやな」
そして気づいたら、首都高湾岸線に入っている。いつの間にか日は落ちていて、車窓からの夜景が綺麗だ。
「……きれい」
「せやろ?」
「あ、でも忍足さんは、運転してるからもしかしてあまり見れないですか?」
「支倉が楽しんでるんやったらええねん。昼間頑張ったごほうびや言うたやろ」
忍足さんは隣で運転に集中しているのか、真っ直ぐ前を見つめている。夜景とその横顔とを交互に見つめる。なんか本当にデートみたいだ。だから、冗談ぽく言ってみたのだ。
「なんかデートしてるみたいですね」
いつもだったら、何言うてんねんアホ、とすぐに軽快なツッコミが入るはずなのに、忍足さんはそんな私のセリフを聞くと急に黙る。え、え、これはどういう反応なんだろう。
「──せやな」
その3文字が、耳の奥に届いた瞬間、心臓が波打った。何それ。何それ。忍足さんのばか。そんなことを言われたら、勘違いしてしまう。今この時間が、本当にデートなんじゃないかって。
*
そのあとは、私がスマホで検索して見つけたちょっとおしゃれなお店でごはんを食べて(ごちそうになってしまった)、レインボーブリッジなど定番スポットのドライブを楽しんだ。
昼間に半日ほど慣れない運転をしたのと、おなかがいっぱいになったのが相まって、少し睡魔が訪れる。あくびを噛み殺していると、忍足さんは言った。
「寝てもええよ」
「えっ、運転してもらってて寝れないですよ」
「まだレンタカー返すとこまで2、30分かかるで」
「……そしたら本当に眠たくなったら寝ます」
もちろん本当に寝るつもりなんて、全くない。今日1日が終わってしまうのが惜しくて、瞳を閉じたくなかった。忍足さんとこんなデートまがいなこと、もう二度とできないのかもしれないし。
──ああもう、ほんと、好きになっちゃったな。
改めて自分の気持ちを再確認する。
片想いしているくらいがちょうどいい、なんて強がりだった。本当は忍足さんの隣に立ちたいし、そのふわふわの髪に触れたいし、その力強い腕でぎゅっと抱きしめてほしいし、その整ったくちびるの柔らかさを知ってみたい。もし忍足さんに他に好きな人がいたり、新しい彼女ができたとしたら、私はその女性に嫉妬してしまう。
なんだか感情が昂ったら、涙が出そうになった。それがバレたくなくて、助手席のドアのほうにもたれて目を閉じる。
「たまにはドライブええな。こっち転勤してきてから仕事以外で運転することほとんどあらへんかったから楽しかったわ」
忍足さんは、私のセンチメンタルな気持ちになんて一切気づかず、無邪気にそんなことを言っている。でもそんな忍足さんのことが、私は好きなのだ。
「私も楽しかったです。車じゃなきゃ行けないところたくさん連れてってもらえたので」
「ほな、今度は支倉の運転でドライブな」
「え?」
「昼間特訓したからもう運転できるやろ。次は山やな!」
忍足さんは楽しそうに笑っている。忍足さんにとって、ただの運転練習なのかデートなのかはわからないけど、私にとってはとても大切な次のデートの約束になった。
to be continued…