第13話 2年目・3月(1)

 3月最終週に内示が出て、4月から私は同じ支店の渉外課に異動が決まった。そして、3月最後の土曜日に、私は初めて忍足さんとプライベートで朝10時に待ち合わせをした。

「忍足先生、よろしくお願いします!」
「おん。今日1日でなんとかしたるわ」

 レンタカーの営業所で合流し、そのままレンタカーを借りた。忍足さんと私の免許証をそれぞれ提示して、2人とも運転できるようにしてある。
 年末の納会で、忍足さんは私が渉外課に来ることが決まったら運転練習につきあってくれると言ってくれた。今回内示が出た後、忍足さんに「本当に運転練習つきあってもらえますか」と聞くと、「希望が叶ってよかったやん。ほな、今週末は特訓やな!」と快諾してくれた。
 車についての説明を受け、いよいよ車を公道に出す。

「最初は俺運転するから助手席座っとき」
「え、いいんですか?」
「いいんですかも何も、ペーパードライバーに街のど真ん中運転させられるかいな、こっちが怖いわ!」
「確かにおっしゃる通りですね……!」
「とりあえず練習できそうな郊外まで適当に走るな」

 忍足さんは慣れた手つきでハンドルを握り、サイドブレーキを下ろした。忍足さんがこちらを見ていないのをいいことに、運転に集中する横顔をまじまじと見てしまう。直線型の眉に、少しつり目な瞳、整った鼻筋と、くちびるの形──忍足さんって、普段は親しみやすい空気を出しているけど、実はびっくりするくらいかっこいい顔してるな。

「──めっちゃ、こっち見るやん」
「え?!」
「ペーパードライバーはちゃんと前向いて標識覚えや」
「す、すみません……!」

 ば、バレてた……!恥ずかしすぎる。
 でも心なしか、忍足さんの耳も赤くなっているような気がした。

「まず、この辺でええかな」

 忍足さんは車を停めると、私が運転席に座るように促した。忍足さんと入れ替わり、私が運転席、忍足さんが助手席に座る。

「さすがにアクセルとブレーキはわかるやろ。まずは直進と左折の練習しよな。ウインカーの出し方わかるか?」

 久しぶりに運転席に座ると少し緊張する。さっきまで忍足さんが運転していたから座席が後ろに下がっていたので、良き位置に調節する。そしてまずは忍足さんの言う通り、直進と左折を繰り返して、郊外の住宅街をくるくると回る。

「ほな、次右折の練習。住宅街の中の走りと右折も良い感じになったら、ちゃんとデカイ道出るで」
「……ふぅ、緊張します」
「こっちは思ったよりいい感じで安心してるで。この調子やったら、今日1日で、店周てんしゅうやったら車で回れるようになるんちゃう?頑張ろな!」

 久しぶりに忍足さんのニカッとした笑顔を見た気がした。この底抜けに明るい笑顔を見ると、不思議と私にもやる気がみなぎってきた。

 そのまま練習を続けてだいぶ走れるようになってきた頃、空腹を感じて、忍足さんに話しかけてみる。

「忍足さん、お昼ごはん食べたいものあります?」
「駐車の練習にもなるし、何でもあるし、ファミレスでええんちゃう?」

 せっかく忍足さんと2人で食事に行くのにファミレスか。でも私の拙い運転技術では、23区内の幹線道路や首都高は走れはしない。そんな私の複雑な表情をどのように読み取ったのかは知らないが、助手席の忍足さんは言う。

「夜は、なんかもっとええとこで美味いもん食おな」
「……は、はい!」

 今日、夜まで練習つきあってくれるつもりでいるんだ。レンタカーは元々12時間で予約しているけれど、改めて嬉しくなる。今日は忍足さんと1日過ごせるんだ。

 運転練習とはいえ、デート気分が少しでも味わえるかなんて淡い期待をしていたけれど、忍足さんは本気で真面目でしかも意外とスパルタで、17時過ぎまで私たちは本当に運転練習しかしていなかった。

「営業車、古い車やからバックモニターなんかついてへんで。モニター頼らずバックミラーとサイドミラーだけで駐車できんとどこにも停められへん」
「……はい……頑張ります」

 かれこれ2時間ほど、適宜休憩を挟んではいたが、郊外の公園やスーパーの駐車場で駐車練習をして、さすがに疲れてきた。でも最初の頃よりはだいぶ運転に慣れてきたような気がする。

「あと1回な。これでバックでキレイに入ったら練習は終わりや」
「えっ、終わりですか」
「嫌なん?」
「あ、いや、別に……」

 忍足さんと2人でいる時間が終わることを実感して、少し寂しくなっただけだ。わざと下手くそにバックしたらずっと練習が続くのかな、なんて柄にもなく乙女なことを考える。このあとは夕ごはんを食べて、バイバイかな。

「この車、夜の10時まで使えるんやろ?」
「はい。12時間で予約しました」
「ほな、練習終わったら俺に運転させてな」
「え?」
「支倉、行きたいとこあるか?頑張った後輩にごほうびや。好きなとこ連れてったるで!」

 忍足さんは無邪気に笑った。どうしよう、嬉しい。けど、唐突すぎて行きたいところが全く思い浮かばない……!すると、忍足さんは少し眉をハの字にして言う。

「あー、でも疲れたよな?普通にメシ食って帰る?」
「いえ、どこか行きたいです!でもパッと思いつかなくて」
「んーほな2択な。海と山、どっちがええ?」
「……海?」
「よっしゃ。じゃ海な。ほな最後1回、練習な」

 そして、最後1回、立体駐車場でバック練習をして、無事に白線の内側に停められたのを確認した忍足さんは「選手交代や」と運転席に乗り込んだ。

to be continued…