12月、人事面談が行われた。支店に本部の人事部から人がやってきて、何日間かかけて1人15分ずつ面談を行っていく。自分の今後の希望などを伝える良い機会だ。
人事面談は2階にある応接室のうちの1つを利用して行われている。2階は融資課のフロアだ。なので、自分の番が来ると必然的に融資課の前を通ることになる。
私も自分の人事面談の番が来て応接室へ入ろうとすると、ふと融資課のデスクで仕事中の白石さんと目があった。白石さんは『頑張って来ぃや』と言わんばかりに、笑顔で小さく拳を掲げる仕草をしてくれた。
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「人事面談、どやった?」
ちょいちょい、と白石さんに呼ばれて、面談が終わった後、あまり縁がない融資課にお邪魔し、2階の金庫の前で立ち話をする。
「叶うかはわかりませんけど、自分の希望はちゃんと伝えられました」
「おっ、ちゃんと伝えたんやな。『住宅ローンがやりたいので融資課に異動したいです』って」
「え?!」
「はは。嘘や。支倉さんできる子やから融資課にスカウトしたかってんけどな──渉外、やりたいんやろ」
「はい」
「叶うとええな。引き止めてもうてごめんな」
「いえ!では、営業課戻りますね!」
人事面談では、今は窓口担当だけれど、ゆくゆくは渉外担当として外回りをしてみたい、と伝えた。就職活動の時からずっと個人渉外担当になることを夢見ていたのだ。
渉外課のエース忍足さんと融資課のエース白石さんのおかげで支店の営業成績は良かったし、私個人の営業成績もそんなに悪くないし、個人渉外担当は人手も足りていないみたいだから、もしかしたら意外と早く希望が叶うのかもしれない。
──もし同じ支店の中で渉外課に異動できたら、忍足さんと同じフロアで働けるのかな。
99%は純粋に渉外を希望する気持ちだけれど、1%だけ、少しだけそんなよこしまなことも考えていた。
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そして、月日は流れ、12月30日、支店の最終営業日だった。残念ながら銀行員は正月休みがなかなか取れない職種だ。世間は正月休みだけれど、支店は現金を引き出す人が集まってATMが行列になっているし、お年玉を渡す人たちがお札をピン札に両替しにわんさか来ているし(ちなみに新券両替という)、カオスを極めていた。
「カンパーイ!」
そして、そのカオスを収めたのち、支店の大会議室で支店にいる全行員が集まって行われる納会。お寿司にピザやケーキ、缶ビール、缶チューハイ、ワインに、おつまみ、お菓子。外で飲み会をするわけではないのでそんなに豪華な食事があるわけではないけれど、立食形式でみんなでわいわいする時間が、私は結構好きだった。
不意に、渉外課の課長から話しかけられる。
「支倉さん」
「は、はい、課長!お疲れ様です!」
「お疲れ様。ローテラーですごく頑張ってるね」
「あ、ありがとうございます!」
「テラーでこれだけ成績出せたら、渉外に来てくれたらすごく助かるんだけどな」
課長自らがそんなふうに言ってくださるなんて。人事面談の情報がどこまで管理職に共有されているのかは知らないけれど、希望があるなら大きな声で伝えておいたほうがよい、というのはこの銀行内での暗黙の了解だった。
「個人渉外はうちの支店、少し弱いからね。法人渉外は忍足がいるから助かってるけど」
「忍足さんってすごいんですね」
「アイツのお客様の懐への入り具合は本当にすごいよ。メインバンクが他行の先も、アイツが担当になると『忍足さんに任せたい』って乗り換えてくるからな」
そんな話をしているとちょうど忍足さんが課長のところにやってきた。
「課長、お疲れ様です。支店長と話し込んでしまって、ご挨拶遅れてすんません」
「お疲れ、忍足。今ちょうど支倉さんを渉外課にスカウトしてたところなんだよ」
「支倉が渉外ですか?たぶん数字は取ってこれるポテンシャルあると思いますけど……自分、運転できるん?」
缶ビール片手に忍足さんは問う。そうだった、外回りをするということは、営業車を運転しなければならないのだ。
「支倉さん、免許持ってないってことないよね?」
「もちろんです。免許は持ってます。ペーパーですけど……」
「持ってるなら問題ないよ。運転は練習すればいいから」
にこやかに課長はそう言うけれど、少し不安になってきた。渉外課に異動できたところで、運転できなければお客様の家に行けないではないか。
そんな中、渉外課長は融資課長に話しかけられてしまい「じゃあまた」とその場を後にしてしまった。
「──まぁ、もし支倉がほんまに渉外課に来ることが決まったら、運転練習つきあったるわ」
「え、ほんとですか?」
「ほんまにそんな日が来たらやで。せやけど、支倉が渉外希望してるんやったら、早よその日が来たらええな」
忍足さんはいつもの爽やかな笑顔でそう言う。
この笑顔を、また来年もずっと見ていたいな。
こっそりそんなことを思った。
to be continued…