はじめてまともに目標が貼られた社会人2年目の上期の営業成績は、達成率110%というとても良い結果を残すことができた。それは、かつて忍足さんから教わったアドバイスのおかげだ。
10月になって下期がスタートしたのにも関わらず、そのアドバイスをくれた忍足さんとは、あの日以来会話ができていない。忍足さんのことが好きだと気づいてしまってから、それまでどうやって話しかけたりしていたのかが、わからなくなってしまった。本当はあの日のお礼もちゃんとしたいのに。
その日も、お客様が途切れたのを見計らって営業室の後ろで投資信託のパンフレットの整理をしていると、外回りから一旦帰ってきた忍足さんとばっちり目があった。
「お疲れさん」
「あ、お疲れ様です」
やばい。目を見ていられない。緊張する。
もうハタチも超えていると言うのに中学生みたいな反応をしてしまう自分が恥ずかしい。あからさまにぐるんと顔を背けてしまった。
*
その日の帰り、なんと珍しい人に声をかけられた。白石さんだった。
「支倉さん、お疲れさん」
「あ、白石さん、お疲れ様です!」
「俺ら最寄駅同じなはずやねんけど、全然行きも帰りもいっしょにならへんな」
「行きは、白石さんが早い電車に乗って、支店の近くのカフェで毎朝日経読んでらっしゃるからですよね」
「あれ、知ってたん?」
「はい。前に忍足さんに聞きました」
「朝活してんねん。あんまり家で新聞の音ガサガサしとると彼女起こしてまうし」
「えっ!」
「あ、言うてへんかったか。今、婚約者と一緒に住んどって。来年籍入れる予定やねん」
そういえば白石さんの恋愛事情は聞いたことがなかった。まぁ美人な彼女いるだろうなくらいには思っていたけれど。白石さんも来年は6年目で28歳になる年だ。そりゃ結婚もするか。
「まぁそれはそうと、支倉さん、今日、お互いの最寄駅までいっしょに帰らへん?ちょお聞きたいことあってな」
そして、白石さんと同じ電車に乗る。混んでいて座れはしなかったけれど、隣同士で立ちながらお話しするくらいの余裕はあった。
「──謙也と何かあったん?」
「え?!」
「いや、最近あからさまに避けてるやん」
「え、そう見えます……?」
「前は、事あるごとに『忍足さん』言うて、随分謙也に懐いとる後輩やなーって思っとったけど」
「……逆にそんなふうに見えてたんですね」
忍足さんの家にお泊まりした話は、さすがに白石さんにも話せない。たぶん忍足さんも話していないだろうし。でもお泊まりしたと言っても、その夜何かがあったわけでも全くない。ただ、私が忍足さんに対して『好き』という感情を抱いていることに気づいただけだ。
「前に白石さん、私の好きな人知ってるっておっしゃってましたよね」
「ああ、せやったな」
「私自身も、私の好きな人、誰なのか気づきました。避けてるわけじゃないんですけど、意識したら、どうやって話していいかわかんなくなっちゃって……」
そう言うと白石さんは、そうなんや、やっぱりな、と優しく笑う。
「謙也はめちゃくちゃええ男や。支倉さんは見る目あるで」
「そう言われても忍足さんが私のこと好きになるかどうか……ダメな姿ばっかり見せちゃってますし」
「ふーん。支倉さん、男心の勉強不足やな」
「え?」
「はは。せやけど謙也は最近何やさびしそうやで。支倉さんに避けられとると勘違いしてシュンとしとるわ。今度支倉さんから話しかけたってや」
そんな話をしている間に、電車は私たちの最寄駅に着いた。お互いの家は逆方向なので、改札を抜けたあとは白石さんと別れて1人になった。
うん、今度忍足さんに自分から話しかけて、ちゃんと目を見て話そう。それから、この前のお礼もちゃんとしよう。何かプレゼントでも買った方がいいかな。
to be continued…