隣の席の財前くんに恋をした。
財前くんとは中2で同じクラスになって、夏休み明けに隣の席になった。財前くんは、もちろんルックスもかっこよかったけれど、クールそうに見えて意外と話に乗ってきてくれるし、音楽の趣味も合って、財前くんとおしゃべりしている時間が楽しくて、いつのまにか好きになっていた。
そんな財前くんの好みのタイプは『家庭的な女の子』。それを知り、お菓子作りを練習しはじめた。次の席替えが来てしまうまでの間に、告白することは無理でも、せめて財前くんにお菓子が渡せたらいいな。
何度も焼き焦がしてしまったクッキー。何回目のチャレンジか忘れたけれど、やっとキツネ色に上手に焼けた。味も、きっと大丈夫。
「麻衣、クッキー焼いたん?」
「あはは。お菓子作り趣味にしよう思て。もしよかったら1つどう?」
焼いたクッキーを持って学校へ行って、昼休みに女の子の友達に食べてもらった。みんなそれぞれ美味しいと言ってくれたので、よし、これは渡せるクオリティになった、と確信した私は、勇気を出した。
「ざ、財前くん」
「……何や」
「あんな、昨日クッキー焼いてんけど」
「おん」
「財前くん、食べる?」
──ちょっとたくさん焼きすぎてな、余ってもうてん!
と、恥ずかしさに耐えられず、いらない言い訳をしてしまった。財前くんは言う。
「まぁ甘いもんは好きやし。余ってるんやったら遠慮なくもらうわ」
「あ、ほんま?ほな、どうぞ」
ラッピングしたクッキーを財前くんに渡すと、財前くんはそれを見て訝しげな顔をする。
「……やけにキレイにラッピングされてんけど、ほんまに余りもんなん?」
「え?!あ、う、うん?」
「ま、そーいうことにしとこか」
財前くんは不敵な笑みを浮かべて、そのクッキーを受け取ると自分のテニスバッグの中にしまっていた。
──どないしよ。財前くんのために用意したってバレてもうたかな。
私はそんな恥ずかしさでいっぱいで、心臓がどきどきしていた。
──ピピピピピ………
スマホのデフォルトの目覚まし音が枕元で鳴り響き、目を覚ます。ディスプレイに表示された曜日は木曜日、時刻は7時半。
木曜は2限からやったっけ。
寝ぼけ頭で講義の時間割を思い出しつつ、ベッドから抜け出し身体を起こした。
「……何や、懐かしい夢見たなぁ」
中2のときに好きだった財前くん。あの頃はクッキーを渡すだけで精一杯の純粋な恋をしていた。
それに比べて今は。
3ヶ月前に前触れもなく『他に好きな子ができた』という理由で彼氏に振られてから、しばらく立ち直れずに、生きているので精一杯の生活をしていた。
やっと少し回復してきたけど、それでもしばらく恋はいいや。あの頃みたいな純粋な恋ができるなら、また話は別かもしれないけれど。
2限が終わったら、3限は空きコマだ。昼休みと3限の時間を使って、久しぶりにカフェでも行こうかな。しばらくずっと家の中で泣いていたけど、そろそろ気分転換しよう。
2021.10.7