第1話 懐かしい夢

 隣の席の財前くんに恋をした。

 財前くんとは中2で同じクラスになって、夏休み明けに隣の席になった。財前くんは、もちろんルックスもかっこよかったけれど、クールそうに見えて意外と話に乗ってきてくれるし、音楽の趣味も合って、財前くんとおしゃべりしている時間が楽しくて、いつのまにか好きになっていた。

 そんな財前くんの好みのタイプは『家庭的な女の子』。それを知り、お菓子作りを練習しはじめた。次の席替えが来てしまうまでの間に、告白することは無理でも、せめて財前くんにお菓子が渡せたらいいな。

 何度も焼き焦がしてしまったクッキー。何回目のチャレンジか忘れたけれど、やっとキツネ色に上手に焼けた。味も、きっと大丈夫。

「麻衣、クッキー焼いたん?」
「あはは。お菓子作り趣味にしよう思て。もしよかったら1つどう?」

 焼いたクッキーを持って学校へ行って、昼休みに女の子の友達に食べてもらった。みんなそれぞれ美味しいと言ってくれたので、よし、これは渡せるクオリティになった、と確信した私は、勇気を出した。

「ざ、財前くん」
「……何や」
「あんな、昨日クッキー焼いてんけど」
「おん」
「財前くん、食べる?」

 ──ちょっとたくさん焼きすぎてな、余ってもうてん!
 と、恥ずかしさに耐えられず、いらない言い訳をしてしまった。財前くんは言う。

「まぁ甘いもんは好きやし。余ってるんやったら遠慮なくもらうわ」
「あ、ほんま?ほな、どうぞ」

 ラッピングしたクッキーを財前くんに渡すと、財前くんはそれを見て訝しげな顔をする。

「……やけにキレイにラッピングされてんけど、ほんまに余りもんなん?」
「え?!あ、う、うん?」
「ま、そーいうことにしとこか」

 財前くんは不敵な笑みを浮かべて、そのクッキーを受け取ると自分のテニスバッグの中にしまっていた。
 ──どないしよ。財前くんのために用意したってバレてもうたかな。
 私はそんな恥ずかしさでいっぱいで、心臓がどきどきしていた。

 ──ピピピピピ………

 スマホのデフォルトの目覚まし音が枕元で鳴り響き、目を覚ます。ディスプレイに表示された曜日は木曜日、時刻は7時半。
 木曜は2限からやったっけ。
 寝ぼけ頭で講義の時間割を思い出しつつ、ベッドから抜け出し身体を起こした。

「……何や、懐かしい夢見たなぁ」

 中2のときに好きだった財前くん。あの頃はクッキーを渡すだけで精一杯の純粋な恋をしていた。

 それに比べて今は。

 3ヶ月前に前触れもなく『他に好きな子ができた』という理由で彼氏に振られてから、しばらく立ち直れずに、生きているので精一杯の生活をしていた。
 やっと少し回復してきたけど、それでもしばらく恋はいいや。あの頃みたいな純粋な恋ができるなら、また話は別かもしれないけれど。

 2限が終わったら、3限は空きコマだ。昼休みと3限の時間を使って、久しぶりにカフェでも行こうかな。しばらくずっと家の中で泣いていたけど、そろそろ気分転換しよう。

2021.10.7