最終話 2回目の初恋をきみと

 財前くんと触れるだけのキスをした。中学の時の私が知ったら倒れてしまうんじゃないかというくらい夢みたいなことが現実に起きてしばらくぼーっとしてしまったけれど、財前くんに声をかけられて我に返る。

「……ずっと外おったら冷えるやろ。そろそろ家入りや」
「……あ、うん。財前くんもごめんな、もう23時過ぎてもうて。家帰るの遅なるやろ」

 そう言いながらも、財前くんとこのままバイバイするのが少し怖かった。もう来ないと信じたいけれど、万が一、元彼がまた押しかけてきてしまったらどうしよう。気づいたら、思わず財前くんのコートの裾を掴んでしまっていた。

「……ごめん」
「どないした?」
「ストーカーされた後やから、やっぱり、一人になるの、ちょっと怖い」
「……」

 この先のセリフは、軽い女と思われて幻滅されるのが怖くて、自分からは言えなかった。それに財前くんだって明日の予定があるだろうし。

「まぁ、さっきあんなこと実際起こったばっかで、怖ない方がおかしいやろ。それとも何?さっそく誘ってるん?」
「えっ、違っ……!!」

 財前くんはわざと意地悪を言う。冗談だとわかっていても顔がカッと熱くなった。財前くんはそんな私の頭の上にぽんと手を置く。

「ハイハイ。わかっとるわ」
「もう……」
「ずっとエントランス前で話してるのもアレやし、早よ家入るで」

 私の家だというのに、財前くんは私より先にエントランスに向かって歩いていくので、慌ててその後ろを追いかけた。──今晩、いっしょにいてくれるんや。やっぱり、財前くんはやさしい。

 2人分のルイボスティーを入れて、今日財前くんに渡すはずだったクッキー缶と取り皿といっしょにトレーに載せて、冬はこたつにしているローテーブルへ持っていく。財前くんはこたつのなかでぬくぬくと身体を温めていた。手を繋いだり抱きしめられて気づいたのは、財前くんの体温はかなり低めということだ。きっとずっと外におりっぱなしで内心寒かったんやろな。財前くんの性格的に口には出さなそうやけど。
 それにしても、確かに元彼が家で待ち伏せしていたことが怖かったとはいえ、冷静になるとなかなかに大胆なお誘いをしてしまったのではないかと少し反省する。さすがに今日の今日でオトナな展開にはならないとは思いつつ──トレーに載せて持ってきたものをテーブルの上に置いて、私もこたつの中に入らせてもらう。やっぱり冬のこたつは最高だ。エアコン代も節約できるし。

「ほんまは、財前くんに今日、日頃のお礼も兼ねてこのクッキー渡して告白するつもりやってん」

 そう種明かしをすると、財前くんは意外な言葉を口にした。

「へえ。手作りクッキー、懐かしいやん」
「え?!懐かしいって、もしかして覚えてるん?」

 私が中学のとき、財前くんにクッキーをあげたこと。すっかり忘れていると思っていたのに。

「……覚えてるも何も、残っとるし」
「『残っとる』って何それ?気になる」

 財前くんは自分のスマホを取り出すと、少し操作をして、ブラウザを立ち上げた画面を共有してくれた。そこに映っていたのは、今となっては懐かしい『ブログ』だ。ぱっと内容を見る限り、え、これってもしかして、財前くんの中学時代のブログなのでは?!
 視線を送ると、無言で財前くんはこくりと頷いたので、そのまま財前くんのスマホ画面を触らせてもらいスクロールする。すると、当時のテニス部の写真と中学生の財前くんが綴った日常の記録がたくさん出てくる。わあ、白石先輩に忍足先輩や。この顔ぶれめっちゃ懐かしいなぁ。そんな中、1つのブログ記事を見つけた。え、これって。

タイトル:もろた
本文:隣の席の女子にもろたやつ。うま

 文章は、たったそれだけ。その記事に添付された写真は、紛れもなく私が中2の時に彼に渡したクッキーそのものだった。そして、その記事はコメント欄が盛り上がっている。

SpeedStar⭐︎『好きな子にもらったやつやろ。わざわざブログ上げよって』
ぜんざい『ちょ黙ってもらってええですか』
ほわいとすと〜ん『青春やなあ^ ^』

 やばい、ちょっと声を出して笑ってしまいそうだ。財前くんのハンドルネーム、『ぜんざい』やったんや。いや、そんなところを注目すべきではなく。えっ、もしかして、この感じは――中2の時、もしかして財前くんも、私のこと、好きでいてくれたってこと?

「財前くん……もしかして、中学の時も、私のこと好きでいてくれたん?」
「……あの時はテニス部の部長なったばっかで余裕なかったし、言わへんかったけどな」

 わ。何やろこれ、めっちゃ嬉しい。7年越しに初恋が実ったのだ。大人になった私たちは私たちできちんと惹かれ合いなおしたけれど、中学生の私たちは私たちで、当時、きちんと惹かれ合っていた。そんな答え合わせができて胸の奥が温かくなる。

「私も中学の時、財前くんのこと好きやった」

 私もそう伝えると、なんと財前くんからは「せやんな」と返ってきた。え。「せやんな」って何?!当時から私の気持ち知ってたん?声には出さないけれどおそらくそんなことを訴えたい表情をしていたのだろう、財前くんは言葉を続ける。

「いや、クッキー、あきらかに俺用にラッピングされとったやん。バレバレやっちゅーねん」
「!!!」

 財前くんはフと笑うと、こたつの中で私の右手の上に、彼自身の左手を上から重ねる。わ。やばい。手が重なっただけやのに、なんでこんなにどきどきするんやろ。

「──支倉」

 中学の時と変わらないその呼び方にきゅんとする。目の前にいる財前くんと、記憶の中の四天宝寺の制服を着た財前くんが重なる。

「財前くん、」

 こたつの中で手を繋ぎなおされて、目と目が合う。

「……ほんま、中学ん時、さっさと告白すればよかったわ」
「え?」
「7年分、埋めるで」

 財前くんは空いている方の手を私の後頭部に回すと、ゆっくりその綺麗な顔を傾けて私に近づける。慌てて瞳を閉じると、さっきの掠めるような一瞬のキスとは違うキスが降りてきた。
 もういい大人になったというのに、しかもついさっき触れるだけのキスはすでに済ませているというのに、何度も繰り返されるとろけるように甘いキスはファーストキスかのように緊張する。

 今、2回目の初恋を、きみと。

Fin.
2021.11.4