保護中: 指輪と過ごす夜

休みを合わせて、2人で区役所に婚姻届を出しに行ったら、窓口の方から「おめでとうございます」とお祝いの言葉を頂いた。紙1枚の手続きではあるけれど、その紙のおかげで、謙也と私は恋人同士から晴れて夫婦──家族になった。 日中は、行政の手続きをしたり、謙也の実家に無事入籍した報告をしに行ったりとバタバタしていたけれど、夕方にはスーパーに買い物に行って、近所の美味しいケーキ屋さんでホールのフルーツタルトを買って、いつもより少し手の込んだ料理を二人で作って。 「乾杯」 スパークリングワインの入ったグラスをお互い掲げて、そのままグラスに口をつける。喉の奥を通っていくシュワシュワとした炭酸の感覚。アルコールにより微かに身体が火照るのを感じる。 改めてダイニングテーブル越しに座って謙也と向かい合うと、照れくささが出てきてしまった。プロポーズされてお互いの両親に挨拶して同居を始めてから3ヶ月経つし、その前にもお互いの家で夕ごはんを食べるなんて、何度もしてきたはずなのに。 「……こ、これからよろしゅうな！」「う、うん、よろしくね、謙也」「……もう『忍足』なんやな」「……今日の今日だし全く実感ないけど」 恥ずかしくて可愛げのない反応をしてしまったけれど、謙也はそんなこと全く気にせずに、幸せそうに笑っている。夫婦となって初めて過ごす夜の時間。同じ時間に同じ場所で同じ料理を食べて同じお酒を飲んで。こうして同じものを共有できることが、改めていろんな奇跡の上に成り立っていると思う。今までしてきた人生の選択を1つでも違えてしまえば、謙也に出会うこともなかったのかもしれない。そう思って改めて目の前の謙也を見ていると、胸から溢れてくる感情は感謝しかなかった。謙也自身にも、謙也を今日この日まで育んでくださったご両親、ご家族にも、謙也を形成してくれた様々な友人達や仕事の仲間にも。そして、私自身の両親や家族、友人や同僚に対しても。 「その指輪も今日で卒業やな」 左手の薬指には、まだ婚約指輪がはまっている。結婚指輪と重ね付けできるデザインに憧れていたけど、謙也は、勝手に好みも聞かずにプロポーズ前にしっかり婚約指輪を準備していて。サイズはぴったりだし、デザインも私好みでセンスが良かったから、そこはとっても嬉しかったけど。いかんせん重ね付けはできないタイプの指輪なのだ。そんなわけで今日で婚約指輪とはお別れで、その代わり、これから結婚指輪と過ごす毎日が始まる。もちろん、婚約指輪も大切に取っておいて、特別な日には婚約指輪もしようかなと思っているけど。 「……謙也も結婚指輪するんだよ？」「おん。仕事でできひん時もあるかもしれへんけど、なるべくするようにするわ」「じゃ、ご飯食べ終わった後、お互い指輪交換しよっか」 結婚式を挙げるまでは結婚指輪をしないカップルもいるようだけど、私たちはまだ式の日程も式場も決めていなかった。謙也の仕事が忙しいからだ。だから、今日、この入籍の日が私たちの大切な記念日だし、この日から結婚指輪デビューすると決めていた。 一通りご飯を食べ終わって、デザートのフルーツタルトも食べて、ごちそうさまをして。リビングのサイドボードの上に置いてある小さな箱の中に、私たちの結婚指輪は納められている。食器を食洗機に収納している間に、その箱を持った謙也はリビングの2人がけのソファにスタンバイしている。エプロンを外していつもの場所にかけたあと、私は謙也が座っているソファの片側へ腰掛けた。 「ほな、箱開けるで」 真新しい結婚指輪が2つ。号数が大きくてシンプルな方が謙也のもの、号数が小さくて細かいダイヤがついた方が私のものだ。結婚指輪は二人で買いに行った。いろんなデザインを試してみて厳選した指輪だ。 「、手ぇ出して」 そう言う謙也は、同い年なはずなのにいつもより大人びた雰囲気だった。素直に左手を出すと、謙也は私の左手の下に自分の左手を添える。まずは、私の婚約指輪を外してリングケースへしまって。その後、右手の親指と人差し指で挟んで持った私の結婚指輪を、私の左手の薬指の第一関節へはめた。そして、そのまますぅっと薬指の付け根まで指輪を運んでいく。 薬指の付け根にはめられた指輪のダイヤが、部屋の照明を受けてキラッと光った。幼い頃から、いつかは誰かのお嫁さんになるのかな、なんてふわっと夢見ていたけれど、その夢が現実化した実感が一気に湧いた。 「謙也も、手出して」 私も謙也の左手の下に自分の左手を添えて、その後、謙也の左手の薬指の第一関節まで、指輪をセットする。男性らしく節がしっかりした綺麗な指は、いつ見てもドキッとしてしまう。そのまま私も慎重に指の付け根の方へ指輪を押し進めていく。 お揃いの指輪がお互いの左手の薬指にはまると、謙也は「何や、結婚記者会見でようやるやつ、やりたなるな？」なんて無邪気に笑いながら、指輪を見せつけるように手のひらを背の方向に向けていた。子供みたいだな、とあきれるが、やっぱり幸せな気持ちの方が大きい。 「……本当に謙也と夫婦になったんだね」「せやで。もうは俺の奥さんや。……って自分で言うておいて照れるわ」 奥さん──その響きに私までなんだかむず痒くなる。謙也も少し赤い顔をしている。 謙也は一旦深呼吸をしたかと思うと、いつになく真剣な瞳でこちらを見つめている。こんな瞳で見つめられるのはプロポーズの時以来かもしれない。 「。俺、のこと一生大事にする」「──謙也」「俺と結婚してくれてほんまにおおきに」 大好きやで。と耳元から謙也の声が聞こえてきたかと思ったら、ソファの上で私は謙也に抱きしめられていた。そんなのこっちのセリフだ。 「私もだよ。私を謙也の奥さんにしてくれて本当にありがとう」 謙也が素直に気持ちを伝えてくれたから、私も謙也の耳元で、大好きだよ、と伝えてみた。いつもは照れくさいけど──さすがに今日くらい素直になってもいいよね？抱きしめられているから謙也の表情は窺えなかったが、不意に謙也の腕が緩められる。そして、謙也の両手が、それぞれ私の両頬を覆う。 「……、その……アカンか？」 遠慮がちに、でも強い意志を持ったような目でそう訊ねる謙也が、何を言いたいのかなんてすぐにわかった。 「……まだシャワー入ってない、よ……？」 建前上、そう告げるは告げるけれど。 「……せやな……けど、すまん、今日は我慢できひん」「謙也、」「俺の奥さんになったを早よ抱きたい」 結婚初夜なので覚悟はしていたけれど、実際、昂った表情で見つめられながらそんなことを言われてしまっては、心臓も途端に音を立てるし、余裕なんて1ミリもなくなる。普段爽やかな謙也が、色香を纏った雄になる瞬間はいつも私の身体を麻痺させる。──かっこよすぎだよ、ずるいよ謙也。 謙也はそのまま両手で私の頬を包んだまま、まずは、ちゅ、と音を立てて軽いキスをする。そして一瞬唇が離れたかと思うと、今度は唇を啄むように何度もキスを重ねてきた。空気が恋しくなって思わず口が半開きになる。その隙間を逃さずに謙也の舌が私の口内に入ってきて、一気に舌を絡め取られた。軟口蓋から舌先まで謙也の思うがままにされてしまって、溢れた唾液が口の端からこぼれる。ソファについちゃったら嫌だな、買ったばっかりなのに。そんなことを一瞬思ったが、謙也はそんなことお構いなしに、ひたすらキスを続けながら、その大きな手を私の頬から両肩に移動させた。 どれだけ長い間キスしていただろうか、やっと謙也が唇を離すと、謙也の唇と自分の唇の間に糸が引かれていて視覚的にとても厭らしいな、と思う。 すっかり私にも火がついてしまった。──私も、今すぐ、この愛しい人に抱かれたい。 「けん、や」 彼の名前を呼んだつもりがなんだか舌足らずな発音になってしまった気もする。 「……ベッド行こ？」 さすがに、初めての夜なのにソファで、というのは嫌だったので、そうお願いしてみることにした。 「……無邪気に煽るのやめぇや」「煽ってなんか……」「えっろい顔で上目遣いで『ベッド行こ？』言われて火ィつかん男おらんやろ、あほんだら……！」 ベッド着いたら覚悟しいや、と謙也は私をお姫様抱っこする。私は私で、そんな謙也の、私にしか見せない猛った表情を見て、もうシャワーなんかどうでも良くなってしまうくらいには、謙也のことで頭がいっぱいだ。 医者になった謙也とは生活リズムがすれ違いがちなので、せめて寝室では一緒に過ごしたい、とダブルベッドを選んだ。謙也は「俺はどこでも寝られるけどは夜中に俺がベッド出入りしたら起きてまうんちゃう？シングルベッド2つ買ってもええんやで？」と気にかけてくれたが、それより私は1分1秒でも謙也の隣にいたかった。 「……ダブルベッドにして正解やったな」 謙也は私の身体を寝室のベッドの上に下ろすと、一緒に暮らし始めるときに二人で選んだ間接照明だけを灯し、寝室のドアを閉める。室内がオレンジ色の弱い光でぼうっと照らされる。 私の上に覆い被さってきた謙也は、完全にスイッチが入っている顔だ。この顔を見ることができるのは、今日彼の妻となった私だけ。そう思うと多幸感が身体に溢れて、自分の身体がどんどん彼を受け入れる準備を始めているのを感じた。 謙也は額から、瞼、鼻、頬、顎、と触れるだけのキスを落として、そして再度私の唇にキスをする。口内を侵されながらも、謙也の左手が服の上から私の右胸に触れて、そのままやわやわと揉まれる。それだけで、ふと吐息が漏れてしまうくらいには、私も高まってしまっていた。 「今日、いつもより敏感ちゃう？」 そんな質問に、そうですね、なんて答えられるような図太さは持ち合わせておらず、ただ恥ずかしい。けれど、謙也の言う通りだと思う。自分でもわかる、そんな焦らすような触り方しないでほしい、早く謙也にもっとめちゃくちゃにされたい。こんなはしたないことを考えているなんて謙也に知れたらどう思うかな。 謙也は質問に答えない私の回答を探ろうと、直接私の身体に働きかけた。服の上から両胸を揉みしだきながら、謙也の唇は私の首に移動する。首筋をペロリと舐め上げられ、また鼻から抜けるように甘い声が漏れる。何度抱かれても同じように反応してしまうのはなぜなんだろう。少しは慣れてもいいはずなのに。 謙也はそのまま無言で私の首筋や鎖骨に口づけを落とす。さすがに見えるところにキスマークを付けるなんてことは、大人になった私達は行わない。そんなことしなくたって、もう私達にはお互いの左手の薬指に、お互いの所有の証があるのだから。 「！」 ふと驚いた。謙也の手がブラウスの裾から侵入し、キャミソールの下から私の素肌に触れたからだ。その一瞬でゾクっと鳥肌がたった。脇腹あたりから直接触れた謙也の手は温かい。今度はブラの上から胸をそっと揉まれる。そしてたまに、わざとなのか、偶然なのか、謙也の指はブラの上から一番敏感なところに触れる。そのたびにピクピクと反応してしまうのが恥ずかしくて、唇を噛んだ。一方で、未だに首元をキスで攻め続ける謙也のふわふわとした髪が顎元に当たり、それもくすぐったくて、不思議な気持ちになる。 謙也は不意に首元から唇を離したかと思うと、一度胸を弄る手も止めて、私の顔を見下ろした。突然謙也から受けていた刺激が全て無くなり、戸惑う。 「？ 謙也…？」「──俺、ホンマに幸せやわ」 少し涙声の謙也がそこにいて、私もつられて涙が出てきた。──謙也、ほんとにそうだね。私も今あなたと夫婦になれて、こうして甘い時間を共有できていることが、本当に幸せだよ。 そっと謙也がブラウスとキャミソールの裾をたくし上げたので、彼が脱がしやすいように少し身体を浮かせた。首から抜かれたブラウスとキャミソールをベッドの端の方へ置いた謙也は、上半身に身につけているものがブラだけになった私を見つめる。 「そのブラ初めて見るんやけど」「一応、初めての夜だから新しいのつけたの」「……。可愛え顔してホンマにエロいな、俺の奥さん」「な、何でそういう恥ずかしい言い方するの…？！」「あーすまんすまん！夫婦になって初日から夫婦喧嘩は堪忍してくれ」「……謙也も、上、脱いでね」 仕返しとばかりに謙也のカットソーに手を伸ばすと、謙也は「じ、自分で脱ぐわ」と少し恥ずかしそうに言いながらカットソーを脱ぎ捨てた。学生時代のテニスで鍛え上げられた謙也の上半身。今でこそ仕事が忙しくて全盛期よりは筋肉が落ちた、なんて本人は嘆いているけれど、それでも腹筋はしっかり6つに割れていて。もう数え切れないくらいこの人と身体を重ねてきたはずなのに、毎回見惚れてしまう。 「も。せっかく新しい下着買うたんやったらちゃんと見せぇや」 謙也は私のスカートのチャックもするすると下ろして、ストッキングと一緒に、いとも簡単に脱がせてしまう。このスカート、もう2年くらい履いてるから、謙也も脱がし慣れているのだろう。 この前こっそり買ったブラとショーツのセット。一応初夜ということ、純白で上品なデザインのものを選んでみた。下着姿になった私を、謙也は目を細めて見つめる。 「可愛いやん」「ど、どうも……？」「……けど、今日はすぐ脱がすわ」「？！」 そんな宣言とともに謙也は私のブラのホックに手を回した。ちゃんと外しやすいように身体を浮かしてあげる私も私だ。今までの胸の締めつけられた感覚から解放されると、私の気持ちまで解放的になる。昔はもっと恥ずかしさで死にたくなっていたはずなのに、今ではもっと謙也に求めてもらいたい、なんて思ってしまって。 慣れた手つきで私のブラを外してまた脇に置くと、謙也は胸元に顔を埋める。そして、私の右胸の先端を口に含むと同時に左胸を手で揉んで、たまに指で左胸の先端を弾いたりつねったりする。その度に私の身体にはピリリと快感が走り、また自分の声ではないような声が出た。チロチロと舐められると、右胸の先端はどんどんとその存在を主張していくのがわかる。何もされていなくても弱い風を感じるだけで頭が真っ白になりそうだ。謙也は今度は左右を入れ替えて、同じことを行う。だから同じように左胸の先端も敏感になってしまって。 そして、どんどん下の方も謙也が欲しくて準備万端になっているのが自分でもわかる。謙也が胸を弄ぶ度に、腰が揺れてしまう。パンツが濡れそぼっている感覚もはっきりわかる。恥ずかしい。 「……、そろそろコッチも欲しいやろ？」 謙也は一旦胸から顔を浮かすと、私の脚と脚の間のそこへパンツ越しに指を滑らせた。恥ずかしいはずなのに、期待の気持ちの方が強くなる。謙也の指がそこに触れた瞬間、ビクビクッと身体が動いてしまった。 「パンツ、びしょびしょやん。せっかく新品やったのにな？これ以上汚れんようにしよな」 こういうことを言葉攻めでも何でもなく、単純に善意で言う謙也は本当に何なの？！いや、私の夫なのだけど。逆に恥ずかしくて顔から火が出そうだ。謙也は私のパンツに手をかけると、一気に足首まで下ろして、そのまま引き抜いた。すっかり私の身体を隠す布は何もなくなってしまって、生まれたままの姿だ。途端に羞恥心が出てきた。 一番敏感になっているその場所を謙也の指は今度は直接なぞる。そして、つぷっ、と1本指を入れられた瞬間、また声が出てしまった。 「ぬるっぬるやな。もう何もせんでも入りそうや」「お願いだから実況やめて…」「実況したほうが、は興奮するやろ？」 ほら、めっちゃ締まったで。と謙也は何の悪びれもなく言う。そして、中に入れられた指の本数は知らない間に2本、3本、と増やされている。 「の好きなトコ、弄ろか」 謙也はそう言うと、その長くて節のしっかりした指を子宮の入り口近くまで深く挿し込んで、とあるところでクイッと動かした。いつもココを弄られると、電流が走ったようになってしまう。 「…っ！やだ、謙也！そこやだ！」「嫌やないやろ？」「あぁん！」「我慢せんと声出しや。俺しか聞いてへん」 その俺に聞かれるのが恥ずかしいんだってば。と思うけれど抗議する隙を謙也は与えてくれなかった。謙也はまだ下はきちんとデニムを履いているのに、私だけが全裸で乱れているのが何とも言えない気持ちになる。謙也が指を動かすたびに、ぐちゅぐちゅという音が自分の耳にも聞こえてきて、私も女という生物なのだな、と思う。大好きな謙也の指で、どんどん何も考えられなくなっていく。線香花火の最後みたいに、チカチカと自分の中で光が飛んで、自分が達したのだ、と気づいた。 一瞬ふわふわと気が抜けそうになったが、耳から聞こえてきたカチカチという金属音でまた現実に引き戻される。謙也がベルトを外す音だ。──ついに。そう思うと、さっき達したばかりなのにまた彼を求め始めている自分に気づいて、恥ずかしくなる。 そのまま謙也は再度、私の顔の横に両腕をそれぞれつく。彼も私も、今身につけているものは、さっき交換した結婚指輪だけ。そんな事実が、また私の身体の熱を上げていく。 「──そろそろ挿れるで」 謙也は私にまた軽くキスをすると、硬くなった先端をあてがって、そのままどんどん奥へと入っていく。一気にさっきまでの指とは圧倒的に異なる質量を感じて、喉の奥から声にならない声が出た。しかも、待って、もしかして今日は、はじめて── 「……っぁ」 まさか、謙也からこんな切ない吐息が聞けるなんて思わなかった。籍を入れるまでは、婚約をしているのにもかかわらず律儀にきちんと避妊をしてくれていた謙也が、今日、ついに。 「……謙也？」「……俺やばい」「？」「……ちょお、今日、我慢できひんかも」 初めて薄い膜越しではなく直接謙也と触れた。もちろん私自身もいつもより快感があるのだけど、それ以上に謙也の余裕がなくなっていて。いつもなら私を焦らしたりする余裕があるのに、今日の謙也は初めから激しく腰を動かしていく。 手と手を繋いで。謙也の律動に合わせて私の口からはだらしのない声が出る。そしてその声でさらに謙也は昂って、中に感じる質量がまた大きく、硬くなっていく。 寝室には、私の嬌声と、謙也の荒い息と、ぐちゅぐちゅという水音と、パンパンとぶつかり合う音が響いて、すごく卑猥だ。でも目の前の謙也はそんな私をとても愛おしそうな目で見ていてくれている。 謙也。謙也。謙也。 もう、あなたのことしか考えられない。 「、っ……」「……謙也、わたし、そろそろ、」「……俺も…っ、」 謙也が私の名前を譫言のように呼び続ける時。それは彼も限界が近いということだ。ほぼ同時にその時を迎え、頭が真っ白になる中、自分の中に彼の欲が吐き出されたのを感じた。 はじめて直接受け入れることができて、とても幸せだ。赤ちゃんができたら、謙也に似て、素直な子になるかなあ。 ＊ ふと目を開けたら、目の前に謙也がいた。それまで自分が目を瞑っていることにすら気づいていなかった。 「…？！ 私寝てた？」「ちょっとだけな。15分くらいしか経ってへん」 隣でベッドに横たわっている謙也は、左手で私の頭を撫でながら笑っている。 「……赤ちゃん、できることしてもうたなぁ」「だから何でそう言う言い方するかな……！」「ええやん。と俺の子、早よ会いたいし──ほんまに、俺、と結婚できて幸せや」 しみじみそう言う謙也の顔が、言葉通り本当に幸せそうで、私の心もじんと温まっていく。私の頭に軽く置かれた謙也の左手にそっと手を伸ばして、その手を私の顔の正面に持ってくるように動かす。 「？ どないしたん」「……謙也の指輪、見たいなぁって」 謙也の左手の薬指には、私がさっきはめた、シンプルな指輪。愛おしい気持ちが溢れてきて、思わずその薬指の付け根に、ちゅ、とキスを落とした。 「謙也、私も謙也と結婚できて幸せだよ」 そう微笑むと謙也は、赤い顔をして、そしておもむほに私から視線を外した。え、私変なこと言った？ 「……、その」「？」「すまん、今のでまた勃ってもうた」「ええ？！」「いや、があんまり可愛いこと言うからやで？！……ちゅうわけで、もう一回お願いします」 目の前の謙也は、眉毛をハの字にして、まるで子供がおもちゃをねだるような可愛い顔をしているから、思わず吹き出してしまった。 「……お互い明日の仕事に支障のない範囲でね」「善処するわ」 そのまま、またシーツの中で謙也に押し倒されて、私たちの甘い時間の続きが始まる。初めての夜は、まだまだ終わらなそうだ。 Fin.2021.11.17