指先からはじまる

 前の席の一氏くんのことが、私はよくつかめていない。金曜日に行われるモノマネお笑いライブはものすごい集客力で、全校生徒から大人気の一氏くんだけど、そんな一氏くんの日常は、金色くん以外の全人類に塩対応(あ、でも同じテニス部の部員に対しては、普通かもしれない)。
 だから、せっかくすごく面白いネタをするのに、せっかくモノマネが神クオリティなのに、せっかくカッコいい顔をしているのに、せっかくテニスがめちゃくちゃ強いのに、一氏くんは少しみんなから距離を置かれていた。でも本人はきっとそんなこと何にも気にしていない。だって、彼はきっと、世界に金色くんが存在してさえいれば良いのだ。

「小春ぅ〜〜〜♡」
「ユウくん、また来たん?休み時間のたびに来られるとお花摘みに行かれへんやろ?」
「ほな俺と花摘みに行こや、小春」
「ユウくん、まさかホンマに花摘むって思ってへんよね…?」

 授業と授業の合間の5分休みになるたびに、前の席の一氏くんは、かなり遠い席の金色くんのところまで遊びに行っている。毎回毎回となるとさすがに金色くんもめんどくさくなってきたようで、少しずつ金色くんの一氏くんに対する扱いが雑になっていくのが、観察していると面白い。

 ──私も物好きだ。なんで、こんな一氏くんのこと、好きになってしもたんやろ。

 一氏くんはもちろん私に対しても基本は塩対応なのだけど、一氏くんの後ろの席になってから、彼の新しい面をいろいろ知ることになった。
 例えば、掃除当番で、最後のゴミ捨てのじゃんけんで私が負けてしまったとき。その日に限ってなぜかゴミがやけに多くて困っていたら、せっかくじゃんけんで勝った一氏くんが「しゃーないな」といっしょに手伝ってくれた。
 例えば、私が授業中に消しゴムを落として、それが一氏くんの足元に転がっていってしまったとき。一氏くんはさりげなくそれに気づいて拾ってくれて、こっそり、私の机の角に置いてくれた。
 金色くん以外の人への言葉は少しキツめだけれど、こういう意外に優しいところにきゅんとして、いつの間にか私は一氏くんに恋をしてしまっていた。ただ、残念ながら、一氏くんの好きな人は、金色くんなのだ。

 そんな一氏くんが、珍しく金色くんとは一緒にいない昼休みがあった。教室の端の方で、他のクラスの女の子たち数人、一氏くんを囲んでキャーキャー言っている。理由はコレだ。

「『浪速のスピードスターの方が上やっちゅー話や!』」
「わーーー!忍足くんめっちゃ似てる!」
「『んーっエクスタシー』」
「きゃーーー!白石くんやーーー!」
「な、一氏くん、白石くんの声で告白してくれへん?世界平和に貢献すると思って!」
「高いで?今度ジュース奢りな」
「「「何でもする!」」」
「『……俺、お前のこと、ずっと好きやった』」
「「「キャーーーーーーー!!!」」」

 一氏くんのモノマネを求める女子は多い。こういうのは、少なくとも数回、目にしたことがある。そんなとき珍しく金色くんに話しかけられた。金色くんが1人でいることも珍しいなぁ。

「支倉ちゃん」
「金色くん」

 何やろ、急に。

「──支倉ちゃん、ユウくんのこと好きやろ?」

 金色くんは私にしか聞こえないような音量で、そんなことを言う。私は一気に動揺して頰が熱くなった。

「え゛っ、な、何で」
「もう、可愛いんやから。毎回休み時間中ユウくんのこと見とるやろ?」
「!!」
「──ユウくんもな、表向きはアタシのこと好きやって言うけど。これは一心同体少女隊修行の一環で、ホンマは女の子が好きやし、めっっちゃシャイボーイやねん。せやから、愛想つかさんと仲良うしたってな」

 ほな、と金色くんは軽快に席に戻っていく。金色くん頭ええから、私の気持ちもお見通しなんやろな。でも気持ちがバレてるのは恥ずかしい。
 それにしても金色くんはなぜ私にこんなことを伝えてきたのだろう。私から見ると、一心同体少女隊修行というレベルを超えて、一氏くんの好きな人は間違いなく金色くんなのに。

「ほな、今日は漢字の抜き打ち小テストするで〜!」
「えっ、オサムちゃん、聞いてへん!」
「せやから抜き打ちや言うたやろ。満点のヤツには1コケシや!」

 そんな昼休みを過ごした日のラストを飾る6時間目の国語、教科担当の渡邊先生は、A5サイズの漢字テストを、前の席の人たちに順番に配る。そして前の席の人は自分の分を1枚撮って残りのプリントを後ろに回していくスタイルで、プリントがクラス全員に配られていく。
 突然のテストということでブーイングでガヤガヤする教室の中、一番後ろの私の席に、前の席の一氏くんが、最後の1枚の漢字テストを渡してくれる。そのとき、全くわざとではないのだけれど。

「っ」
「あっ、」

 偶然にも、一氏くんの指に、自分の指が触れてしまった。わ、わわわ、一瞬とはいえ、好きな人の指、触ってもうた……!

「ご!ごめんな、一氏くん」

 慌てて手を離してそう言うと、私にプリントを渡すために身体を半分ひねってこちら側を向いていた一氏くんは、予想外の反応をしていた。

「……べ、つに」

 え。
 一氏くん、めっちゃ真っ赤やん?!

 その反応を見て、こっちのほうが一気に身体が熱くなった。一氏くんは、金色くんにしか興味なくて、その他の人間、特に女の子なんてみんな、じゃがいもやかぼちゃみたいに見えてるのかと思っていた。
 ふと、さっきの金色くんの言葉が頭に蘇る。『ほんまは女の子が好きやし、めっっちゃシャイボーイやねん』。もしかして、いや、もしかしなくても、それ、ほんまなん?

「みんな行きわたったな?ほな、テストするで〜」

 オサムちゃんのそんな言葉とともに、そのまま一氏くんは前に向き直り、私には一氏くんの後ろ姿しか見えなくなる。それでも、一氏くんの耳が真っ赤になっているのに気付いてしまった。

 ──なぁ、一氏くん、なんでそんな反応するん。
 ──望みのない恋やって思ってたのに、期待してしまうやん。

 どうしよう、心臓の音がうるさくて全然テストに集中できない。これで国語の成績が落ちたら、一氏くんのせいやで。

Fin.
2021.10.13