「支倉さん、今度2人で飲み行きません?」
会社で同じチームの後輩の財前くんに突然飲みに誘われた。もしかして何か悩みでもあるのかな…?!そう思った私は二つ返事でOKした。
「もちろん!私でよければ何でも悩み聞くよ!」
「……」
「えっ、何で無言?!」
「いや、何でもないっすわ。そしたら今週の金曜の夜でもええです?」
*
最近は会社もコンプライアンスがうるさく、異性の社員と2人きりで飲みに行くという行為はあまり奨励されていない。そんなわけで、私たちの会社は新宿にあるのだけれど、会社バレを防ぐために、飲むお店は恵比寿で予約した(正確には、財前くんが予約してくれた)。
「えっ、このお店めっちゃオシャレ!財前くん、お店選び天才!」
「……まぁ、恵比寿やし。基本オシャレでしょ」
「もう、つれないなぁ」
駅から少しだけ距離があるそのお店は隠れ家的なバルで、カップルが多めの客層だ。私たちもちゃっかりカップルが座るような二人がけのカウンター席に案内された。側から見たら会社終わりにデートしてるカップルに見えるのかな。そう思ったら、なんだか急に緊張して、それをごまかすように、メニューを見つめた。
「で、財前くん、何か悩んでることがあるから今日誘ってくれたんでしょ?おねーさんに話してみて!」
「……おねーさんて。1個しか変わらへんやん」
「まぁそうだけど……」
財前くんは社会人2年目で、私は3年目。お互いに20代前半だ。幼稚園や小学生の1歳の差ならいざ知らず、大人の1歳なんてもはや誤差のようなもので、自分で『おねーさんに話してみて!』なんて言ってみたものの、おそらく精神年齢は財前くんの方が上だろう。
「別に仕事では何も悩んでないっすわ」
「……え、じゃ今日、何で誘ってくれたの?」
「支倉さんと単純に2人で飲みたかったから」
「え?!」
「──そんな理由で誘ったらダメでした?」
単純に2人で飲みたい、……って、え?!
私だって一応中学高校大学と人並みに恋愛経験は積んできた(はずだ)。それって、もしかして、私のこと異性として少し気にしてくれて、飲みに誘ってくれたってこと?
動揺する私を他所に、隣に座る財前くんは、いつもの飄々とした様子でウイスキーのロックを飲んでいる。ふと、そんな彼の方からふわっと香りがした。何だろ、香水?その香りが何とも言えぬセクシーな香りで、心臓が跳ねる。
普段からイケメンで仕事のできる後輩・財前くんのことは、なるべく男の子として意識しないようにしていた。なのに、こんなの、意識せざるを得なくなってしまうじゃないか。
*
22時過ぎにお店を出た時、私はすっかりお酒がまわっていた。私はお酒に酔うと足元に出るタイプだ。記憶などははっきりしているけれど、少し足元がふらついてしまう。お店から恵比寿の駅までの徒歩10数分を、財前くんと一緒に歩く。財前くんはふらつく私を見かねたのか、ふと立ち止まると、言った。
「支倉さん、手、つなぎましょ」
「え?」
「このままやったらアンタ絶対転ぶやん」
財前くんは、恋人同士がするように私の手に指を絡めると、私の身体を自分の方に引き寄せた。すると、──あ、またこの香りだ。どこか私の胸の奥をくすぐるようなセクシーな香り。
「……財前くん、香水つけてる?」
「……あー。苦手でした?」
「ううん。いい匂いだなって思って」
「そうなんや。ほんなら支倉さんもつけてみます?」
「え?」
「今、持ってるんで」
財前くんは繋いでいる手とは逆の手でスラックスのポケットから香水の入った小瓶を取り出すと、繋いでいる方の手をぐっと引き寄せ、そして私の手首に、プシュッと香水を放った。その瞬間、財前くんからしていた香りがグッと鼻をつく。
「同じ香りや」
そもそも財前くんと恋人繋ぎをしていること自体ドキドキするというのに、彼からふと放たれたその言葉が、さらに私の心拍数を上げた。私の手首から、財前くんと同じ香りがする。
「せやけど」
「?」
「実際は、つける人によって、香水の香りって微妙に違うらしいっすわ」
「へぇ、そうなんだ」
すると彼はふと繋いだ手をぐっと上にあげ、私の手首を彼の鼻元に持っていくと、くんくん、と匂いをかいだ。手首に微かに財前くんの鼻先が触れて、一気に全身に緊張が走る。
「──確かに微妙に違うかも。ええ香りっすね」
そう言って財前くんは機嫌良さそうに笑っている。え、え、え、今もしかしてすっっごい恥ずかしいことしたよね、財前くん。
*
気づけば私たちは恵比寿駅に着いていた。財前くんは日比谷線、私はJRを利用するのでここでお別れだ。
「そしたらまた来週ね」
「……ほなまた」
財前くんはJRの改札まで送ってくれて、私は改札にSuicaをタッチして中に入る。財前くんと別れた後、ホームに向かう自分から、ふと先程の香水が香った。
──財前くんの香りだ。
──家に着いてお風呂に入るまで、きっと財前くんの香りがし続けるんだろうな。
そう思ったら、本物の財前くんとはもう離れているのに、なぜか財前くんがすぐそばにいるような感じがして、心臓のドキドキが収まらない。
「……財前くん、チャラいなぁ」
でも、ずるいなぁ。すっかり私は財前くんのことを男の子として意識してしまっていた。
Fin.
2021.10.4
title by tiptoe