一氏くんちにお邪魔する話

 ユウジと付き合ってから数ヶ月経って、初めてユウジの部屋にお邪魔することになった。今日家族おれへんから、なんて言われて動揺しないわけない。もしかして、今日は、ついにユウジと一線を超えてしまうのだろうか。好きな人とそういうことをしたい気持ちがないわけないけれど、高校生の私たちにとって、まだそういうことは早いような気もして、頭がぐるぐるして落ち着かない。

 そんな私の気持ちをよそに、ユウジはいつもと何も変わらない様子で隣であぐらをかきながら、まるで私がいてもいなくても同じなんじゃないかというくらいリラックスした状態で、録画していた新喜劇に観入っている。
 ──全然ムードないなぁ。今日は何もなさそうやな。まぁ、逆にそれくらいがちょうどええか。
 画面の向こうはいつもの鉄板ネタで盛り上がっている。私もユウジのことを脇に置いて、新喜劇を楽しむことにした。

「オモロかったなぁ」
「おん。毎度のことながら参考になるわ」

 次のお笑いライブのネタを考えているのか、ユウジは見終わった後何やらメモを取っていた。裏ではこんな努力をしてたのか。彼氏とはいえ他人、まだまだ知らないことがたくさんある。

「この後、何する?もう1本観る?」

 何の気なしにそんな質問を投げる。
 が、なぜか何も返事が返ってこない。

「──? どないしたん?」

 問いかけながら、ユウジの顔を見ると、ユウジはなぜか私と目を合わせて、無言のままだ。

「麻衣」

 ユウジは私の名を紡ぐと、そのまま私の右頬を自分の左手で包む。そして、ユウジの顔が私の顔に近づいてくる。えっ、いきなりこんなに空気変わることある?!そう思いながらも、キスされるのかと思って目をつむったけれど、キスは来なかった。その代わりに、額にこつんとぶつかる感触に驚いて思わず目を開けると、目の前にはユウジの顔がある。額と額がくっついた状態で、ユウジはとんでもないことを言った。

「すけべすんぞ」

 え…、え?!今なんて?!
 不意に、背中がユウジの部屋の床にくっついて制服越しに冷たいのを感じ、私はユウジに押し倒されていることを認識した。
 さっきまで、この部屋では新喜劇を観ていたのに。
 今の状況とのギャップに、頭が追いつかない。

 床を背に見上げたユウジは、大胆なセリフの割に、頰も耳も心なしか赤くなっている。けれど、その瞳はいつもと違って奥で炎が燃えているかのようで、私の心臓も燃えているかのように熱い。

 いつも小春以外にはドライで彼女の私にだって基本塩対応なくせに、こんなときに限って、そんな愛しいものをみるような顔、せんで。抵抗できひんやん。

 そのまま、ユウジの顔はどんどんこちらに向かって降りてきて、そのまま唇同士が触れる。
 ──やばい、このままやったらきっとキスだけじゃ終われへん。
 頭の中ではわかっているけれど、そんな頭に残ったわずかな理性もユウジとのキスの熱で溶かされてしまった。

Fin
2021.10.18