ラブレターの行方

 今日、偶然玄関で赤也に会った。そして、さらに偶然にもその玄関の赤也の靴箱の中に、ピンクというよりは白に近い、薄桃色のラブレターが入っていた。
 やっぱり幸村部長まではいかないけど赤也も結構モテるんだなぁ。
 なんてふとそんなことを考えている間に、赤也はラブレターの差出人の名前を確認するとおもむろにそのラブレターをゴミ箱に捨ててしまった。

「ええええええええ!」
「何だよ麻衣、急にでかい声出して」
「だって今! 今手紙捨てたよね?!」
「ああ。で、それがどうしたんだよ」
「ひどいよ!! せめて読みなよ!」
「だって知らねぇ奴からだし。っていうか何でお前そんなに怒ってんの?」

 けろっとそう言ってのける赤也に、私は怒りを通り越して悲しくなってきた。このラブレターを出した女の子がどれだけ勇気を振り絞って赤也の靴箱にこれを置いたか想像しただけでこっちまでドキドキしてくるというのに、この結末はひどい。

「っ……赤也のバカっ!もう知らない!」

「………何、お前ら喧嘩したの?」

 部活終了後、明らかにつっけんどんな私の態度と、徹底的に目を合わせないでツンとしている赤也を見て、丸井先輩は、やれやれとため息をついた。

「俺は悪くねーっス」
「支倉の顔を見るとそういうわけでもないようじゃがのう」

 仁王先輩は私の顔を覗き込むと楽しそうに笑った。絶対この人はこの状況を楽しんでいる。

「だって、赤也、せっかくもらったラブレターをゴミ箱に捨てたんですよ」
「バカ!言うなよ!」
「な、赤也お前いつどこでラブレターなんてもらってんだよ」
「丸井先輩、そんなのいいじゃないっスかどーでも!ってゆかアンタもしょっちゅうもらってんだろ!」
「俺のことはいいんだっつーの」
「で、それを赤也はゴミ箱に捨てたと」
「はい。しかも、目も通さないうちに」
「ほう、赤也もなかなかいいご身分じゃの」

 三対一。赤也は少し戸惑いながらも先輩達に向かって主張する。

「でも丸井先輩だって仁王先輩だって俺よりもらってるでしょ、ラブレター。それはどうしてんスか」
「俺は一応読むけど。だって嬉しくね?自分のこと好きだって言ってくれてんだぜ?」
「悪いが赤也、俺も読んどるぜよ」

 意外と律儀な先輩達に、赤也は驚いているようだった。

「ほら。先輩達はちゃんと誠意を持って受け取ってるじゃない。女の子の気持ちをゴミ箱に捨てるなんて信じられないよ」
「あいにくだけど、俺は本命からしか受け取んねー主義なの!」

 その言葉に、丸井先輩と仁王先輩はなぜか顔を見合わせてそわそわしだす。

(え、何これもしかして告白フラグ?!)
(とりあえずここはお暇したほうがよさそうナリ)

  何か二人でこそこそと会話したあと、先輩達は用事があると言ってそそくさと部室を出て行ってしまった。赤也と二人きりになってしまって、なんだか気まずい。
 本命しか受け取らない主義――確かに今までの赤也の行動を振り返ってみるとそうかもしれない。バレンタインのチョコだって、たくさんもらったはいいけど結局丸井先輩に寄付していた気がする。さすがに私が部員のみんなに一つずつ配ったチロルチョコは食べていたけれど。

「麻衣、お前こそなんでそんなにこの件に関してツッコんでくるんだよ」
「………だ、だって」

 だって、それは。
 あの薄桃色のラブレターを出した彼女の気持ちが痛いほどよくわかるから、私はすっかり彼女に自分を重ねてしまったのだ。気づいたら、この同期の英語の苦手な遅刻魔を好きになっていて、その気持ちに気づいたときに自分がいちばんびっくりした。なんであんなにかっこいい幸村部長でもなく、紳士な柳生先輩でもなく、赤也なの、とは今でも疑問に思うけれど好きなものは仕方がない。そんな赤也に、もしも私が勇気を振り絞ってラブレターを出したとして。その行き先がゴミ箱は、あまりに切なすぎる。

「……ちょ!麻衣、お前何泣きそうになってんの?!」
「だって、ひどいよ!…いくら本命じゃなくてももっとちゃんと受け止めてよ、こっちは必死で想いを伝えようとしてるのに……」
「『こっち』って……ラブレターくれたの別にお前じゃねーじゃん」
「確かに私じゃないけど、でも!」
「俺だってお前からだったら捨てねーよ」

 え?

「俺は麻衣以外からのラブレターもバレンタインのチョコもいらねー」
「そ、それは……」
「だから。俺はお前のこと好きだっつってんの」

 なんだろうこの急展開は。半ば投げやりになっていた赤也は、自分がまさかこんな形で告白するとは思ってもいなかったようで、自分の発言に驚いた顔をしていた。
 少女漫画やドラマなどから想像するに、告白というのはもっとちゃんと改まってするものだと思っていた。だからこんな喧嘩の流れで、好きなんて言われるなんて予想外だ。赤也が、私を、好き?

「なんか言えよ」

 日本語を理解するのにこんなに時間がかかるなんて思わなかった。そっぽを向いた赤也の耳が赤く染まっているのを見て、私はやっと心臓がどきどきしはじめるのを感じる。

「な、なんか言えと言われても!」

 どうしよう、全身の血が沸騰したみたいに熱い。

「麻衣は、俺のこと正直どう思ってる?」
「……赤也のこと…………す、好きだけど……両想いだなんていきなり信じられないよ」

 最後の方はもう聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声になってしまった。
 実ってしまった初恋。

「「…………」」

 赤也も私も、お互い両想いだとは夢にも思ってなかったみたいで、よくわからない沈黙が続く。
 その時。

「っだぁぁぁぁ!赤也!お前何黙ってんだよ」
「………おまんら、かゆいぜよ」

 バーン!というドアの開く激しい音といっしょに、痺れを切らした丸井先輩と、呆れた顔をした仁王先輩が同時に部室に戻ってきた。……って、え、ということは、もしかして今までの話全部外で聞かれてたってこと?!

「ちょ!先輩達盗み聞きっスか?!」
「せっかく気ィきかせて出てったのにお前がヘタレだから戻ってきたんだよ!」
「一応、空気を読まずに部室に入ろうとした真田の足止めもしておいた。感謝しんしゃい」

 そう赤也に言うと、仁王先輩は楽しそうな笑みを浮かべながら右手で私、左手で赤也の背中を押して、私達を部室から追い出した。丸井先輩はその後ろから私達の荷物をぽいぽいっと放って、「今日中に収拾つけろよ!」と言い残すと、部室のドアを勢いよく閉める。

「……、やっぱ先輩達には敵わねーな」
「だね……」

 荷物を拾う。部室を追い出され、私達には帰宅するしか選択肢が残されていない。するとふと左手をぎゅっと掴まれた。

「とりあえず帰るぞ。話の続きはそれからだ」

 繋がれた手から、これからは友情を超えた新しい関係がはじまることを自覚して、私の胸は自然と高鳴った。

Fin.