ネクタイの話

「財前って、私服のセンスええなぁ」
「そうですか?そらどーも」

 よくわからないけれど、先日、後輩の財前に「先輩買い物つき合うてくれません?」と言われて、今日は二人で街に繰り出した。でも、これってよく考えると、というか、――よく考えなくても、デートちゃうん?今だって、財前に連れて行かれたおしゃれなカフェの個室で、まったり二人でコーヒーを飲んでいる状態だ。これをデートと言わずして、何と言うのか。
 それでもまさか普段の財前の私に対する態度を見る限り、悲しいかな、彼が私に恋愛感情なんてものを持っているとは思えない。たぶんきっと今日財前が私を誘ったのも、彼の気まぐれだろう。
 それにしても、財前は、こうして見ると相当な美男子だと改めて気づかされる。
 ――私服着とったら全然中2になんか見えへんわ。
 特に、今日の財前のネクタイは、個人的にかなりツボに入った。何でこんな似合うん。反則やわ…!

「……何、人の首元凝視しとるんや。やらしいわぁ、先輩」
「ち、ちゃうわ!あほ!ネクタイ見とっただけや!」
「ネクタイ? ああ、先輩、ネクタイ好きなん?」
「好きっちゅーか…まぁ、おしゃれのアイテムとしてうまく取り入れられたらええなぁて憧れはあるけど、あいにく、うちにはそこまでファッションセンス備わってへんもん」
「へえ。そうなんや。でも、今の先輩着とるブラウスやったら、この俺のネクタイ合うんちゃいます?」

 財前はするすると自分のネクタイをほどいて、私に渡す。

「つけてみてええですよ」
「え、ほんま? ほな、試させてな?」

 財前から受け取ったネクタイを首に垂らしてみると、思ったより長かった。財前がしてたらそこまで長いようにも思えなかったのに。いつの間に身長伸びたんや。制服のタイの要領でネクタイを結ぶと、案の定、長すぎた。てろ~んと垂れ下がっているネクタイは、鏡を見なくても、似合わないことくらいわかっている。

「……先輩、つけ方ダサすぎ」
「だってネクタイなんて結び方知らんもん」
「はぁ、しゃあないな。ほな、一旦ネクタイ返してもらえます?」
「あ、うん、」

 再びネクタイを手にした財前は私の後ろ側に回る。何が始まるのだろう。
 ――もしかして、まさか……。
 予想は的中して、私の心臓は一気に跳ねた。財前の両手が肩の上から回ってくる。そのまま私を後ろから抱きしめるような形でネクタイを結んでいく財前に、思わず問いかけた。

「ざ、財前クン」
「何ですか?」
「――この体勢やないとあかんの? これって」
「せやかて、俺、ネクタイなんて自分で結んだことしかないし。向かい合った状態やったら、どう結んでいいかわからへんのですわ」

 もうひと巻きやな、という財前の呟いた息が耳にかかって、目まいがする。

「先輩、」
「何」
「耳まで真っ赤になっとりますけど」
「! うるさい」
「……ちょっとは意識してくれはりました? 俺のこと」

 できた、とネクタイから手を離した財前は、そのまま私の耳元で、問う。

「――ちょっとどころや済まんのやけど……どないしたらええん?」
「ほな、つきあいましょか、俺ら」
「え゛?!」

 目が飛び出るような財前の発言に思わず振り向くと、そのままくちびるが重なって、私は黙らざるをえなかった。

Fin.