ふわふわのきみにゆだねる

 春のやわらかな日射しの差し込む部屋。ベッドに腰掛ける麻衣のひざまくらに頭を預けながら夢と現実の境目を浮遊していた俺の意識は、麻衣の声によって完全に現実に呼び戻される。

「蔵ー、右耳も終わったよ」
「んー、あぁ、ありがとうな」
「ううん。でも正直つまんなかった…。せっかく隅々まで耳そうじしようって意気込んでたのに、蔵の耳、きれいなんだもん。耳そうじのし甲斐なさすぎ」
「ははは、そらすまんかったなぁ」

 相変わらず彼女のひざまくらに頭を預けながらそう笑うと、「ほんとだよ…」と彼女は耳かきを脇に置き、俺の髪を自分の人差し指でくるくるといじりはじめた。

「……わ、さらさら。うらやましい…!」
「今日、ワックスつけてへんねん」
「さすがにそれは言われなくてもわかるって。いつもより外ハネ度がちょっと落ちてるもん」
「……麻衣はやっぱりちゃんと、髪、セットした俺のほうが好き?」
「うーん……まぁ、ちゃんとセットしてるほうが、今よりもっとかっこいいとは思うけど、でも、今みたいに何もしてない蔵の髪見れるのってご家族を除いたら私だけなんだーって思ったら、今の髪も好きだよ」
「へえ。意外と独占欲強いねんな」
「な、えぇ?! 普通、そういう結論になる?」
「はは。でも俺は独占欲強い麻衣も好きやで」

 ちらり、と下から麻衣を見上げると、よくそういうこと素面で言えるよね、と彼女は髪をいじる手を止めて俺からふいっと目をそらした。そんな彼女の頬がほんのり桜色に色づいているのに気づいて、口角が上がる。

「……そういえば、今日は午後から映画行くって話だったよね?そろそろ準備したほうがいいかな?」
「……その話やねんけど」
「え、何?」
「麻衣は今日どうしても映画行きたい?」
「へ?」

 麻衣のひざまくらからようやく頭を外して身体を起こし、麻衣と同じようにベッドに腰掛ける。そのせいか、ベッドが小さく軋んだ。

「前売り買ってるわけでもないしそんなこともないけど……でも、どういうこと?」
「……ホンマ申し訳ないけど、何や今日めっちゃ眠いねん。このままやったら映画の途中で寝そうや」
「そういえばさっき耳そうじしてたときも、めずらしくすうすう寝息立ててたよね」
「え、そうやったんか? 何や恥ずかしいな」
「ふふ。きっと疲れてるんだよ。蔵、いろいろと忙しそうだし」
「そうなんかなぁ。俺は今日の天気のせいかと思っててんけど」
「あー確かに今日の天気は昼寝日和かも…ってそんなこと言ってたら私まで眠くなってきた……」
「ほんなら、決まりや」
「?」
「今日は外出るのやめてウチで昼寝しよ」

 そんな言葉とともに隣に座っている麻衣ごとベッドの上に倒れると、テンピュールのマットレスがそれを受け止めた。

「わわわ、ちょっと…!」
「ん、どないしたん?」
「この状況でびっくりしないほうがおかしいでしょ!それに、さっきからひざまくらに抱きまくら……私、蔵のまくらじゃないんですけど」

 腕の中で照れる彼女に、意地悪く問う。

「――嫌なん?」
「………い、嫌、じゃない、けど」
「ん。ええ子ええ子。素直なんはええことやで」

 そう彼女の頭を撫でてやると、彼女は「また子ども扱いする……」と少し拗ねた。
 そういうところが子どもやねんて。まぁ――そこも可愛いねんけど。
 そして、頭を撫でた流れから、さっき自分がされたように、彼女の髪を人差し指でくるくるといじる。彼女の髪がするんと俺の人差し指から逃げていくたびに、シャンプーの香りが鼻をくすぐった。

「――麻衣は、ふわふわやんなぁ」
「え?」
「髪」

 さっき彼女は俺の髪をさらさらと表現したが、朝、髪を巻いてきたのか、彼女の髪はさらさらというよりは、ふわふわ、という擬態語のほうが似合っている。ふわふわ――なんとなく思い浮かんだ擬態語ではあったが、これがまさに彼女を言い当てているのではないだろうか。髪だけではない。さっきのひざまくらも、今の抱きしめた感触も、例えるとすれば綿菓子のような。
 好き勝手に俺に髪をいじられている麻衣は、はじめこそ少し恥ずかしそうにしていたが、今ではまるで大人しい猫のように、気持ち良さそうに目を伏せている。そんな彼女の様子を見ていると、俺まで眠たくなってきた。やはり麻衣の言うとおり、最近は比較的忙しかったのかもしれない。目を伏せると一気に睡魔が押し寄せる。

「――おつかれさま。おやすみなさい」

 夢と現実の狭間で、そんな彼女のやさしい声が聞こえた気がした。

Fin.
2010.2.15
title by C;Holic
企画「私の彼は左きき!」さまに提出させていただきました!