つめたいパスタ

「夜のティータイム」の続編ともとれる設定ですが、短編としても読めます。

 麻衣と喧嘩した。つまらないことが原因だ。
 昨夜、彼女が借りてきたDVDを鑑賞した。内容はディ○ニーの実写恋愛モノでいかにも女の子が好きそうな話だ。が、俺は正直そのテの映画を見ても感想に困ってしまう。確かに良い話だったとは思うけど、だからといって“胸きゅん”するかと問われれば、それはYESとは言い難かった。そんな中すっかりプリンセスに気持ちをシンクロさせて夢見心地気分の彼女に感想を問われ、正直に答えた俺。そのせいか昨夜はふてくされた彼女に「健ちゃんは床で寝て」と言われ、シングルベッドは彼女に独占された。まあ、彼女の家だから彼女がベッドで寝るのは当たり前なのだが――そして朝起きると。

「……麻衣?」

 麻衣がいない。ベッドの上のかけぶとんはきれいに元の状態に戻されている。俺は慌てて起き上がって1Kの部屋を見渡す。彼女がこの部屋にいないというのは一目瞭然だった。
 ――俺に何も言わず出ていくことなんて今まであったか?
 そこまで彼女は機嫌を損ねているのだろうか。昨日はくだらないことで喧嘩になってしまったが、俺にそんなにも落ち度があるのだろうか。確かに俺もオブラートに包んだ言い方をすればよかったかなとも思う。しかし、感想を聞かれて正直に述べたところ自分の意見と違うから怒るというのはあまりに彼女の身勝手ではないのか。

「俺もちょっと甘やかしすぎたのか……?」

 俺のほうが年も上だし、つきあいはじめたころの麻衣は俺に遠慮していてあまりわがままを言ったりしなかった。だからこそたまに素直に甘えてくれたりわがままを言ってくれたりすると、正直それがかわいくてしょうがなかった。そのせいかだんだん麻衣は甘えっこになり、以前よりはわがままも増えた気がする。それでも昨夜の程度なら、朝起きたら「昨日はごめん」で終わりのはずだった。まさか今朝になってもこのままとは。頭をがしがしと掻く。くそ、とりあえず腹が減った。
 キッチンへ向かい、冷蔵庫から牛乳を取り出す。そしてコップとともに部屋の隅に寄せられたテーブルの上に置くと、そのとき俺はテーブルの上にラップをかけたパスタと置き手紙が乗っていることにはじめて気がついた。

健ちゃんへ

昨日はごめんね。
せっかく毎日実験で忙しい中うちに来てくれたのにくだらないことで喧嘩しちゃったね。
言い訳っぽいけど、わたしも最近バイト入りまくってて疲れてたみたいで……
昨日のはたぶんそのせいだよ。だから全然健ちゃんは悪くないからね!
朝は、すごくぐっすり寝てたから起こすのかわいそうでほっといちゃった!
起きたらおなかすいてると思うから簡単だけどパスタつくっといたよ!
チンして食べてね。じゃ、バイト行ってきます!

麻衣

 その手紙を見た瞬間、俺は自己嫌悪に陥った。
 ――何してんだ俺。麻衣が朝起きて家にいないからって、彼女を勝手に身勝手女扱いして。
 それに最近彼女がバイトのシフトの入りすぎでストレスを抱えていたことを俺は知っていた。彼女の部屋のコルクボードに貼られているシフト表を見てもそのキツさは一目瞭然だ。俺も以前働いていた彼女のバイト先のカフェ。その開店と閉店に彼女のシフトは集中している。本日日曜日の彼女のシフトは開店からで、9時から17時だ。俺がふと彼女の部屋の壁掛け時計に目をやると、それは午後1時を指していた。

 冷えてしまったパスタを電子レンジで温めながら彼女を想う。日曜日の昼下がりは一週間のうちで一番あのカフェが混む時間だ。きっと今日も疲れて帰ってくるであろう彼女に、今日は俺が夕飯を作ろう。そのメニューを思案している最中、ふいに電子レンジがチンと鳴り、パスタが温まったと俺に告げた。

Fin.
title by チュイル