たまにはスロースター

「すまん……俺、麻衣が絶叫系苦手やって知らんかってん……」
「ううん、そんな、私が無理しちゃったからこんなことになっちゃって……本当にごめんね」

 レモンスカッシュを買ってきてくれた謙也くんは、ベンチで待っていた私の隣に腰を下ろして、とても申し訳なさそうな顔をした。
 先日、謙也くんから誘われた遊園地デートを、断るはずがなかった。つきあいはじめてからはじめて誘われたデートを断るなんてそんなばかなことするはずがない。もともとそんなに絶叫系は得意ではなかったけれど、謙也くんとだったらきっと楽しめるような気がして、少しずつ具合が悪くなっていくのに気づかないふりをしてたくさんのアトラクションに乗ってしまった。けれど、やっぱり眩暈や頭痛や吐き気には勝てず、3回目のジェットコースターに乗る直前、ふらっと倒れそうになったところを謙也くんにキャッチされて、今はこのありさま。謙也くんに迷惑をかけてしまった、という後悔だけが頭の中でいっぱいだ。

「……具合、さっきよりはようなったか?」
「あ、おかげさまで、最悪のときよりはまだなんとか……」
「……せやけど、やっぱまだ顔青いな」

 謙也くんはそのまま両手で私の右と左のそれぞれの頬を覆った。さっき、デート中に手を繋ぐだけで謙也くんが耳まで真っ赤にしてくれていたのを私は知っている。なのに、今の謙也くんは手を繋ぐよりよっぽど恥ずかしいことをしているはずなのに、そんな自覚がないのか、心配そうな顔でじっと私の顔ばかり見つめている。
 ――どうしよう。めちゃくちゃ恥ずかしい。
 こんなに頬が熱いのに、まだ私の顔色が青いなんて信じられない。
 謙也くんはそのまま私の頬から手を下ろすと、今度はその右手で、私の空いている左手をそっと握った。まだ手をつなぐのには慣れず、どきどきした心臓を落ちつけようと、右手に持っている、さっき謙也くんが買ってきてくれたレモンスカッシュのストローを吸った。

「……今日は、やっぱりもうアトラクションは無理そうやんな」
「え、そんなことないよ……!たぶん観覧車くらいは乗れるよ?」
「――ほんま?」
「うん。あ、けど……謙也くん、ゆったりした乗り物嫌だよね?」
「いや、さっきまでは散々俺につきあわせてもうたし。俺も付き合うで。せやけど――」
「?」
「今は、ほんまに自分の好きなだけゆっくり休んでほしい」

 謙也くんは、少し申し訳なさそうな、でも、いつもよりもしっかりした表情で言う。そんな謙也くんがなんだかいつもより男の子らしく見えて、不覚にも、心拍数があがってしまった。――頭痛や吐き気は置いておくにしても、このくらくらするような眩暈は、もしかしたら謙也くんのせいなのかもしれない。

「でも、謙也くん、待ち時間嫌いなんじゃないの?」

 私ばっかり謙也くんに翻弄されるのが悔しくて、からかうようにそう言ってみれば、「どあほ。具合悪い彼女よりスピード優先するほど速度礼賛者ちゃうわ」なんて謙也くんは呆れた顔をした。あんなにいつもNO SPEED NO LIFEなんて言っている謙也くんが、私のために大切なモットーを放りだしてくれるのがなんだか嬉しくて、頬が緩んでいく。

「? 何にやにやしとんねん」
「謙也くんとつきあえてしあわせだなーって思って」
「あっ……あほ!真顔でそないなこと言いなや!照れるわ」

 少し頬を赤くした謙也くんは、そんな顔を隠すようにあさっての方向を向いてしまった。それでも、繋がれた手に、少し力がこめられたような気がして、私の頬の緩みもさらに増した。

Fin.